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ぶつかったって遠慮は無用だ
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山中 Side .
旅館の部屋に入った瞬間、一度立ち止まった。
「……え、ほんとに2人?」
畳の部屋に並ぶ布団は、きっちり二組。
でもそれ以外に人の気配はない。
「先生ナイスすぎじゃない?」
後ろから入ってきたはやちゃんが、やたら嬉しそうに言う。
「ナイスじゃない」
「なんで。修学旅行で彼氏と同室だよ?」
「だから問題なの」
振り返って睨むと、全然効いてない顔で笑われる。
「柔太朗、意識しすぎ」
「してない」
即答したのに、すぐ近くまで来られて距離を詰められる。
「顔赤い」
「…気のせい」
「ふーん」
明らかに信じてない声。
荷物を置いて、とりあえず一息つく。
でも落ち着かないのは、さっきからずっと隣にいる人のせいだ。
「……とりあえず風呂行く」
「一緒に?」
「行かない」
即拒否。
「残念」
残念そうな顔でこちらを覗いてくる。
「…一緒、行く?」
はやちゃんの顔がパァッと明るくなる。
「行く」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
風呂から戻ると、部屋着に着替えて畳に寝転がった。
お互い起き上がり、隣に座る。
その瞬間、腕を引かれてバランスを崩した。
「ちょ、何して――」
そのまま畳に倒れ込む形になる。
「柔太朗捕まえた」
「離して」
「やだ」
子どもみたいな返しなのに、力はちゃんと強い。
至近距離で目が合う。
「……近い」
「今日ずっと言ってる」
「今日は特に」
「じゃあもっと近くする?」
「しなくていい」
言いながらも、押し返す手の力は負ける。
少しだけ間があって、はやちゃんがふっと笑った。
「逃げないじゃん」
「逃げ場がないだけ」
「ほんと?」
試すみたいに、さらに顔を近づけてくる。
息がかかる距離。
「……はやちゃん」
名前を呼ぶと、ぴたっと動きが止まる。
「なに」
「……好き、」
ぽつりと落とす。
一瞬だけ、空気が静かになる。
「でも、人前じゃないからって近すぎ」
続けて言ったら、嬉しそうに笑った。
「それ、今言う?」
「今だから」
数秒見つめ合って、先輩が小さく息を吐く。
「……無理、可愛い」
「やめて」
「無理」
結局また抱き寄せられる。
そのまましばらく、何も言わずにくっついたまま。
外からは他の部屋の笑い声が聞こえるのに、やけにここだけ静かだった。
「柔太朗」
「なに」
「夜、抜け出す?」
「バレる」
「バレないって」
「絶対バレる」
「じゃあ部屋でいいや」
「それが一番安全」
真面目に返したら、くすっと笑われる。
「優等生」
「はやちゃんが自由すぎるだけ」
「でもそういうとこ好きでしょ」
「……まぁ」
小さく認めたら、すぐに手を握られる。
「素直」
「…今だけ」
「じゃあ今いっぱい聞いとこ」
また距離が近づく。
「柔太朗」
「なに」
「好き」
真正面から言われて、視線が逸れる。
「……知ってる」
「ちゃんと返して」
少しだけ間を置いて、ため息をつく。
「……好きだよ」
言った瞬間、ぎゅっと抱きしめられた。
「はい満足」
「…単純」
「柔太朗のことに関してはね」
そのまま布団に移動して、並んで横になる。
電気を消したあとも、距離は変わらない。
「ほんとに2人きりだね」
「最高じゃん」
「……まあ」
少しだけ、近づく。
暗闇の中で、手を探るとすぐに掴まれた。
「逃がさない」
「…逃げないよ」
静かな声で返す。
「最初からそのつもり」
その一言に、隣で小さく笑う気配。
修学旅行なんて特別なイベントなのに、
一番印象に残るのは、きっとこの距離だと思った。
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