テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
#切ない
雪代 真希奈
43
くろぬか
2,870
42
「総員戦闘配置!砲撃戦用ー意!」私達は酒瓶とつまみもそのままに、大急ぎでラッタルを駆け下りて副砲室に入る。
艦内ではラッパの音と共に乗組員が笛を吹いて急かし、先までの静寂とは打って変わって騒がしくなってきた。砲座の防水板のフックを外して下げ、全員が一糸乱れぬ動作で砲の配置についた。
まさか、初の実戦を波打つ中の深夜に迎えることになるとは、予想だにしていなかった私たちは、その張り詰める緊張の糸に絡まるように、体が硬直していた。
私の額から頬へと、脂汗が滴る。横目に砲員を見ると、皆目を皿にして、瞳孔もかっぴらいて、口を半開きにして肩で息をしている。
「敵水雷艇、本艦へ向け回頭、刻々近づく!」
最悪の情報が次々と逓伝されていくのが聞こえ、砲の銃把を握る手に、汗がにじむ。照準眼鏡を覗いて海面を見ると、ボコッと3つ、きらめく白波を隠して浮き上がっている。
「左砲戦、左七十度。一・二番主砲交互打ち方、一・二・三・四番副砲独立打ち方、目標本艦に迫る敵水雷艇。距離二四〇〇!急ぎ射て!」
「一・二・三・四番副砲、急ぎ射て、独立打ち方!」
砲術士から伝わる命令に合わせてハンドルをガラガラと回して仰角を合わせる。しかしその間にも敵の水雷艇はぐんぐんと迫ってくる。敵の快速の為、距離照準はある程度でよろしい、との通達があったので、おおよその数値に合わせた。そして、
「照準良し!」
「二番副砲良し!」
次々と各砲から準備良しの伝達が回ると、砲術士は遂に号令を下した。
「射撃用ー意!」
その瞬間、一秒が一時間にも思えるほどに感じた。肩から腕へ、腕から手へ、手から指へと力が伝達され、引き金にかかる人差し指に、ギュッと引き絞る力がこもる。
「撃てーッ!」
号令を耳が捉えて、コンマ3秒ほどの内に脳から指先へと命令が伝わり、人差し指は、薄氷を押し割るように、引き絞る力を強めて引き金を引いた。
ドカーンという轟音とともに、砲から飛び出す火炎の閃光に一瞬目がくらむ。副砲群が一斉射を撃つと、そこから先は独立打ち方で、各砲準備が出来次第順次発砲する。
そしてひと際大きな爆音が響き、この防護巡洋艦「コートラー」が誇る30センチ砲塔の左砲が火を噴く。自分たちの装填作業の間、私はその砲声を畏怖と感嘆と共に聞いた。海面に目を戻すと、先ほど撃った砲弾がちょうど着弾した。水雷艇のやや後方に着弾すると、着弾点で砲弾は炸裂し、オレンジ色の火炎を輝かせた後に水柱がドッと上がる。しかし水雷艇は怯むことなく突っ込んでくる。後ろからリルが「装填良し!」と言って肩を叩いてくるや否や、私はすぐにハンドルを回して再照準する。敵水雷艇の少し前方に照星を合わせて、「照準良し!」と叫ぶ。砲長は満を持したように叫んだ。
「ッテーッ!」
引き金を引いて弾を撃ち出す。周りも続々と発砲し、海面には次々と水柱が上がった。その中を縫うように水雷艇は何とか突入を敢行して、目測距離約一八〇〇まで迫った。私たちの顔にもいよいよ焦りが見え始める。砲長は必死になって砲員を急かしている。
「急げ急げ!船団に銃弾一発届かせるんじゃないぞ!」
「「はい!」」
「装填良し!」
私は再び水雷艇のやや前方に照準を合わせた。
「照準良し!」
「ッテーッ!」
そして発砲した第三射は、飛翔音と共に、吸い込まれるようにして敵水雷艇に迫った。
その刹那、天地がひっくり返るような爆音と衝撃を響かせて、敵水雷艇の内一隻が大爆発した。その爆炎にくっきりと浮かんだシルエットは花が開いたようになっていて、その爆発の衝撃を如実に伝えている。水雷艇はひっくり返るようになって忽ち波間に姿を消した。
「ウオオォォォォォオ!」
「当たったぞォォォオオ!!」
その場の全員が息を吹き返して、歓喜の喊声に包まれた。士気は旺盛を極めて、皆が今までに無いほどに生き生きとした。
「まだ終わっちゃいないぞ!次も当てろ!」
砲長の叫ぶ声も、上ずって、笑っていた。
「装填よし!」
「照準良し!」
「ッテーッ!」
一糸乱れぬ動作とリズムで、各砲から次々と号令と砲声が轟く。私達は第四射目を発砲し、これもまた、敵艦に命中。破片とかつて人だったものを天高く舞い上げ、轟沈する。私は心の中で快哉、万歳、と引っ切り無しに叫んで、気分は高揚しきっていた。
そして撃ち続け、残る敵水雷艇が、本艦との距離一〇〇〇を切った頃、残る敵艦にも我が方の砲弾が直撃でなくとも掠り、艦後部に火が点いて炎上、航行不能となった。
私含めた副砲員達は万歳を叫んだ。
叫ぼうとした。
私の目は、それを見逃さなかった。
水雷艇の方から、二筋の白い糸のような一本線が、ピーッとこちらに向かって伸びてきている。
私は瞬時にしてその正体に気づき、考えるよりも先に叫んだ。
「魚雷だーっ!!!」
祝勝ムードは一転、窮地に陥ったような強い焦燥感に襲われ、半ばパニックになりかけていた。
「コートラー」は自らを盾として魚雷への体当たりを決断し、出せるだけの最大速力で船団と魚雷の間に割って入ろうとした。私たちはその突然の急加速の揺動を、必死に周りの物を掴んで耐える。私は防護板を掴んだけれど、左舷にしたたかにぶつけられた。
「畜生、また死ぬのか」という思いと、「頼む、魚雷に当たってくれ」という思いが頭の中をシッチャカメッチャカにする。
しかし私の祈りも虚しく、魚雷は寸での所で艦首前方を通過し、船団内部へと入り込み、見張員の叫んだ声が私の耳に入った。
「魚雷、艦首通過ーッ!船団に向かいまァーす!!」
私は居ても立ってもいられなくなって、砲長に一言だけ「船団の様子を見てきます」と残して砲室を飛び出した。
砲長が私を呼び止めることは無かった。
デッキに上がり、右舷側に回ると、先ほどまで見えた白い糸は、縄のように太く見えた。その先で、貨物船が白波をドーッと立てながら回避機動で大回頭をしている。私はその光景を、言葉もなく、ただ見つめている。時間の流れが、永遠のように長く感じ、額を冷や汗が伝う感覚が、嫌というほど伝わって来る。
そして、手前の船は辛うじて回避に成功した。私は少し安堵する。が、ホッとしたのも束の間、奥の一隻は、間に合わなかった。
船の中央、やや後方の海面が光ったと思うと、くぐもった様なズズゥーン、という音が鳴り、一瞬遅れて水柱が船の下から湧き上がる様に上がった。水柱の上がるのに合わせて、船は被弾部から持ち上がってアーチを描いてしなり、海面に再び沈み込む。その様子は余りにも地味であっけなく、余りにも不気味だった。すると船は急激に左後ろへ傾斜を始め、ものの数分、あっという間に船尾は波間に隠れ、艦首が高く持ち上がり始めていた。そして兵隊がぞろぞろとデッキに上がって海水に浸かっていくのが見えた。が、残酷にも船はどんどん沈んでいき、さらに船が入水していくにつれて渦が発生している。渦は必死に逃げようとする兵士達の足を掴み、波間に引きずり込んでいく。それに呼応するように、海面からの悲鳴と断末魔が、パイプオルガンの不協和音のようになって耳に入ってくる。煙突が沈んだ時、海面から大量の蒸気が噴き出し、ドン、と一発、爆発が起きた。漏れたタールにそれが引火して忽ち大火災となって、兵士達を焼き殺し始めた。
「助けて」「熱い」「お母さん」という魂の叫びが、エルフの聴力を通して、闇夜に炎のスポットライトを浴びながらこだまする。
そして船は、波間に静かに消えていった。何百もの兵隊を乗せたまま。
私は、ただ声も出ずに頬を濡らしていた。しかし、私のその時生まれた信念の様なものが、その惨状から目を背ける事を許さなかった。私の中に、やり場の無い、どうしょうもない怒りと、悔しさと、無念が沸き起こる。守れなかった。誓ったのに。
ミリアが、乗っていたかも知れないのに。
コメント
1件
読み終えました……。戦闘シーンの緊迫感がすごくて、息を止めて読んでました。特に魚雷に気づいて叫ぶ瞬間の「私の目は、それを見逃さなかった」という一文に、一瞬の判断と恐怖が凝縮されていて鳥肌が立ちました。そして沈んでいく船と兵隊たちの描写が生々しくて、涙が出そうになりました。「守れなかった。誓ったのに」という主人公の無念が、胸に刺さります。続きが気になります……!