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「アルバート様、お世話になりました」
「いやいや、私たちの方こそ君には助けられたよ。改めて感謝させてくれ」
俺はアルバート様が差し出してくださった手を握り、固い握手を交わす。
互いに笑顔でとてもいい関係が築けたのだと、そう実感する。
「せっかくの客人の出発だというのに私とマリアだけで申し訳ない」
「いえいえそんな…!朝早いですし、それにまさかアルバート様が見送りに来てくださるなんて思ってもなかったので、それだけでとてもありがたいです!!」
そう、俺は帰りに暗くなる前に例のあの森を突っ切りたかったために朝早く出発することにしたのだ。そういうこともあって現在、この屋敷の玄関ではアルバート様とマリアさんのお二人だけが見送りに来てくださっているという状況なのだ。
昨日の時点でお別れの挨拶を済ませていたので一人で静かに出発するつもりだったのだが、まさかアルバート様がこうやって起きて来てくださるなんて本当に想像にもしてなかった。なんだか嬉しいような恥ずかしいような…
「ユウト君、君は我がロードウィズダム家の恩人だ。これから何かのトラブルに巻き込まれた際は私たちが君の後ろ盾となることを誓おう。遠慮なく頼ってきて欲しい」
「えっ、いいんですか?!どうしてそこまで…」
「もちろん我が愛しい娘の命を救ってくれたのだから礼を尽くさねば公爵家として、いや一人の親としての面目がつぶれるというものだよ。それに…」
アルバート様は話の途中でチラッと屋敷の方へと視線を向ける。ほんの数秒間という一瞬の間で何かを察したかのようにアルバート様の口角が少し上がったように見えた。
「もし我々が君の助けを必要としたときにはぜひその力を貸してもらえると助かるのだが、どうだろうか?」
「ええ、もちろんです!私は冒険者ですので依頼には必ずお応えします!!」
「…ㇵッハッハッ!なかなか侮れんな、君は。ではぜひその時は君に依頼することにしよう」
アルバート様は俺の言葉の意味をしっかりと理解したようで豪快に笑って見せた。そう、俺は一介の冒険者に過ぎない。いくらアルバート様やロードウィズダム家の方々とは言えど、言い方は悪いが、俺は貴族の使いっ走りになるつもりはないのだ。
「では、アルバート様ありがとうございました。お元気で」
「うむ、ユウト君こそ達者でな」
そうして俺はアルバート様とマリアさんに一礼し、その場を後にする。
すると門の手前辺りに差し掛かったところで背後から誰かが走ってくる気配がした。
俺はふと後ろを振り返ってみるとそこには一生懸命走って追いかけて来ていたセレナ様の姿があった。
「ゆ、ユウトさん…!」
「せ、セレナ様?!」
俺は急いでセレナ様の元へと駆け寄っていった。
門と玄関とのちょうど中間地点にある噴水のところでセレナ様と俺は立ち止まる。
「ユウトさん…、すみません呼び止めてしまって」
「いえ、それは良いんですが…大丈夫ですか?」
こんな朝早くに全力疾走をしたこともあり、セレナ様はかなり息切れを起こしていた。しばらくセレナ様は呼吸が落ち着くまで待ってから俺に話し始めることとなった。
「ユウトさん、先日のパーティでお話ししてくださったこと覚えてますか?」
「はい、もちろんです」
「私、あの時ユウトさんに気づかされたんです。今まで私は自分のことを知らず知らずの間に蔑ろにしていたのかもしれません。誰かを大切にするように、自分のことも大切にする。他の人の気持ちは見えるのに自分の本当の気持ちを私は見ようとしていなかったようです」
他人の本音が見えるからこそそこばかりに気がいっちゃって一番近くにある自分の心のことに関して盲目になってしまったのだろう。それはセレナ様の心が優しいがゆえにだと俺は思う。
「私、これからはもっと自分の心を大切に生きていきたいと思います。ユウトさんには二度も助けて頂いて…本当にありがとうございます!!!私、頑張ります!!!!!」
「それは良かったです。でも心だけじゃなくて体も大切にしてくださいね。頑張りすぎて体調崩しては元も子もないですから」
俺がそういうと二人でくすっと笑い合う。
こんな素敵な笑顔を見せてくれているんだ、セレナ様はきっと大丈夫だろう。
「では、私はもう行きますね」
「ユウトさん、また会えますよね」
「ええ、いつかまたお会いしましょう」
そうして俺はアルバート様やマリアさん、そしてセレナ様に見送られて公爵邸、そして賑やかな王都を後にした。俺は帰り道でこの数日間に起こった濃い王都での出来事を思い返していた。
初めての護衛依頼に、セレナ様との出会い、怪しい宗教団体との戦いに貴族のパーティなど本当に濃密で新鮮な日々を過ごしていった。この世界に来てからサウスプリングで過ごし始めた時もかなり目まぐるしく新鮮で濃い日々を送っていたと思っていたのだが、王都での日々はそれを上回るほどの濃度だったな。
そんなことを考えていると自分の口角が無意識に上がっていたことに気づく。
どうやら俺はこんな忙しく移り変わる毎日を楽しんでいるようだ。
ここに来る前に俺なら面倒がっていたのだろうが、転生したことでそこのところも変化したのだろうか。でもその変化は良い変化だと今なら思う。
だって今の俺の心はこんなにも満たされているのだから。
《第3章:王都誘拐事件編》~完~