テラーノベル
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一泊二日目、朝。
足元で物音が聞こえ、ぼんやりと目を開く。
見慣れない天井に一瞬ここがどこだか分からなくなったが、すぐに昨日のことを思い出した。そういや、ここ吉田さん家だったわ。
ソファから身体を起こし、正面にあるキッチンへと視線を向けると、そこではこの家の住人、吉田さん(息子)が、ダイニングテーブルで新聞を読みながら朝食を食べていた。
「…はよ」
声を掛けると、吉田の仁人さんは読んでいた新聞をずらしてこちらへ顔を覗かせる。
「お、おはよ。ごめん、起こした?」
「…いや、仁ちゃんが謝ることじゃねぇだろ」
「まぁ、そらそうか」
のっそりとソファから立ち上がり、俺は重たい足を引きずって、ダイニングテーブルの彼の正面へ腰掛けた。
「…朝、早いんだ?」
「しがないサラリーマンはこんなもんでしょ…ってか、テンション低っ」
「…しゃーねぇだろ、低血圧なんだよ」
「へぇ、佐野さんも大変なんですねぇ」
さして大変じゃなさそうに言いながら、吉田の仁人さんはサクサクと朝ごはんらしきクラッカーを頬張っている。
いつかの朝、玄関前ですれ違った時も確かおんなじモノを食べながら仕事へ向かっていた気が。
「またそれ食べてんの?そんなんじゃ腹減るだろ」
「んー…、どうしても昼とか夜は付き合いで重くなりがちだから、朝くらい軽めにしとこって思ってさ」
「うっわ、健康気取ってるぅ〜」
「健康気取ってなにが悪いんだおい」
俺の軽口に半笑いで言い返してから、吉田の仁人さんは思い出したようにあっと声を上げた。
「あ。あんたの分の朝メシだけどさ、食べるかどうか分かんなかったから、一応冷蔵庫に用意だけしといた」
「……へ?」
思いもよらない言葉に、まだ完全に起きていない頭では反応が追いつかない。
「もし食べるんだったらチンしな。あと、食パンはジャーの下の棚ん中だから」
「え、あの…」
「じゃ、行って来まーす」
「あっ、い、いって!らっしゃい!」
さばさばきびきびと出勤して行った吉田さんの後ろ姿を、手を振りながら何とも言えない気分で見送ったあと。
とりあえず冷蔵庫の前へ行き、中身を確かめてみることにする。
ぱかんと開けた冷蔵庫の中段。
そこには、ハムエッグとサラダの乗ったプレートと、フルーツヨーグルトの入った小鉢が、きちんとラップを掛けられて並んでいた。
「…新婚夫婦の朝食かよ」
それを見て、堪らずぶはっと吹き出し、手の甲で緩んだ口元を押さえる。
昨夜あれだけ嫌がっていた癖に。
ただでさえ出勤で忙しいだろう朝から、得体の知れない隣人の為に、こんな立派な朝食を用意してくれる。
「……面倒見のいい、お人好し。」
初めて会った時の印象と、なんら変わらない彼にまた笑みを深くして。
俺は、鼻歌交じりに冷蔵庫からプレートを取り出し、レンジの中へ放り込んだ。
next.
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