「お風呂先いただきました」
「んー」
麗が風呂から上がって、ついでに歯も磨いてから、リビングに戻ると、明彦がソファの上でパソコンを弄っていた。
さっき言っていた部屋着の購入かなと思い、麗も横に座りパソコンを覗くと、明彦が須藤百貨店のサイトで、『部屋着、レディス、かわいい』で検索している。
「かわいい必要はないと思うねんけど……?」
普通の部屋着を希望する麗が口を出すと、明彦がかわいいという文字をデリートし、セクシーと打ち込んだ。
その途端、麗の脳内で、台湾で出会ったセクシーの妖精であるお姉さんが踊りだした。
「ごめんなさい、ノーセクシー、ノーセクシー、かわいいでお願いします」
麗は己の敗北を悟り、かわいいを受け入れた。そう、かわいいは作られるのだ。
「気になるものはあるか?」
かわいい部屋着が表示されている画面を明彦が麗にも見やすいようにゆっくりとスクロールしていってくれる。
「そのパジャマは?」
画面の下に表示された苺柄のパジャマを麗は指差した。
「却下。求めているかわいさじゃない」
(求めているかわいさって何だ、いったい何を部屋着に求めているんだ)
かわいいのパイオニアである明彦がクリックをして、一つを拡大した。
それは、タンクトップとガウンとショートパンツの三点セットでショートパンツにはフリルが付いていて確かにかわいい。
だが、生地がシルクでトロンとしていて、何となく駄目な気がする。
「これは違うと思う」
「これだろ」
「いやー」
麗が己の不利を悟りつつも抵抗していると、ふと明彦が顔を上げて麗を見た。
「こら、髪の毛を乾かさないと風邪引くぞ」
麗は今、髪をバスタオルで巻いて頭の上に乗せていた。
勿論、乾かすのが面倒だからだ。
「そのうちする。食器洗った後とか」
麗はドライヤーがあまり好きではない。
髪の毛が太くて固いので乾かすのに時間がかかるためだ。
だから、いつもタオルで巻いて暫く放置し、粗方乾いた後にドライヤーをする。痛むらしいが面倒だから仕方ない。
そもそも、本当は今日、美容院に行ったので洗うつもりすらなかったのだが、カリスマに旦那さんに可愛い姿を見惚れてもらおうね! イェーイ、と、仕上げにワックスを使われてしまったので洗わざるを得なかったのだ。
「食器なら食洗機に入れておいた」
「ありがとー」
「ちょっと待ってろ」
麗がソファの上でポツンと待っていると、明彦が洗面所からドライヤーを持って帰ってきた。
そして、麗の頭上のバスタオルを勝手に取り、乾かし始めたのだ。
ビュオオオーとドライヤーが唸り声を上げる。
優しい手つきにされるがままになりそうになったが、そうもいかないので麗は振り向いた。
「自分でやるから貸してー」
「ん?」
しかし、ドライヤーの前では麗の声など無力だったようだ。
明彦は聞こえないという顔をしている。
「自分で、やるから、貸してー!」
麗は少し大きい声を出すが、明彦は首を傾げた。
「自分で! やる!」
麗は声を跳ねさせた。しかし、なにもおこらない。
多分、明彦は麗が言っていることをわかっている気がする。
だが、一度やると決めたことは、やり遂げるつもりなのだろう。
だから、麗は諦めた。
逆に麗は、一度やると決めたことを、忘れたり、諦めたりすることが得意だからである。
そして、麗は明彦が頭を優しくマッサージしながら乾かしてくれるのを享受し、ドライヤーの爆音の中、つい、そのまま寝た。
結果、後日届いた部屋着は勿論苺のパジャマではなかった。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!