この作品はいかがでしたか?
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「行くぞ」
固い口調で告げられたいざなのその合図に、カチッと錠の外れる音が廊下に響き、ゆるりと外へと出る。
いつもよりずっと強い緊張感に包まれながら灯りに照らされた地に一歩、また一歩と恐る恐る、ゆっくりと踏み込む。
久しぶりに見る外の世界の景色は陽が沈み、闇が立ち込めていて、墨を流したような暗闇に包まれていた。冬の風が寒いくらいに全身に吹きつける。
家、電柱、道路、木、車。
絵本やテレビで見た情景や物が眼球に焼き付く。
「いいか?あんま大きい声出すんじゃねえよ。外は危険だから。」
いつもの優しい“言いつけ”なんかじゃ無く“命令”に近い声とともに両手で頬を包まれ、無理やり顔を合わせられる。いざなの低い声が異様にチカチカと耳の奥に痛く響く。
「あと外に居る間はマスクも帽子も外すなよ。…息、苦しいよな。悪ィ」
『だいじょうぶ。くるしくない!』
申し訳なさそうに目尻を歪めるいざなに、喉によく通る声でそう返事し微かに笑うように頬を上げる。すると頬に添えられていたいざなの手の甲が頭に移動し、帽子越しにあたしを撫でた。
「…ン、じゃあ行くか。そろそろ来ると…」
意味深に紡がれたいざなの声を重ね消すように、車のエンジン音が風のようにあたし達の前に近づいてくる。微かにマスクの中に入り込んでくる車の排気ガスの匂いに顔を顰めながら音のした方へと視線を動かすと、黒塗りの傷1つ無い綺麗な車が荒々しい速度で前を通り、ブレーキの低い音を響かせて急停止した。
『きゃっ…』
すぐ目の前に停まった車から反射的に目を逸らし、短く小さな悲鳴が喉を通る。
サッと車からあたしを庇うように後ろへ追いやったいざなの目が、黒い貝殻のように淡く光る自動車の窓を鋭く睨む。
「…アブねえだろ。もっと安全に運転しろ。」
「“蘭”」
ドスを利かせた低い声が静かな夜の空気に響く。
初めて聞く不機嫌な重々しい声に体がびくりと跳ね返る。
ヒュッと喉が潰れたような掠れた声を舌の上で弾ませながら一度逸らした視線を恐る恐る車へ戻すと、スモークフィルムが貼られている黒い窓が微かに細い機械音を響かせながらゆっくりと下がっていくのが見えた。
露になった運転席には、金色と黒色を交互に髪に色づけ、長いその髪を2つの三つ編みに結った、知らない男の人が座っていた。外に出てから初めて見るいざな以外の男の人に、恐怖と緊張を止めるストッパーが消え、だらだらと胸元から湧きあがって来る感情に全身が痙攣したように酷く震える。ギュッと握られたいざなの手に縋り寄り、叫び出しそうになる声を噛み殺す。
「ごめん、ごめん。……お、その子が噂の○○ちゃん?」
その言葉とともにいざなと少し違う、くすんだ紫色の目があたしを捉える。
“蘭”と呼ばれた男の人の意識が自身に向いたと理解した瞬間、鋭い電気に触れたように肩がビクンと震え、反射的に彼から目を逸らす。いざなの影に隠れるように身を潜めると、またもや頭を撫でられ、愛おしそうに細められた瞳と目が合う。
「マジの幼女じゃん、ウケる。」
そんなあたしといざなの行動を見て、ケラケラとした晴れやかな笑声を洩らす彼の声が目を逸らした方向から聞こえてくる。
その声に、視線が無意識に滑ってしまった。
「……うるせえ。」
そんなあたしの視線が男の人にいったことが分かり気に障ったのか、低い声で唸るように男の人に言葉を吐くいざなにグイッと腕を引かれ強制的に目を逸らされる。ちらりと覗いたいざなの顔は少しだけ不満が蝕んでいる気がした。
いざなに怒られたり嫌われたりするのは世界で一番嫌なので、大人しく目の前の車から目を逸らしすぐに視界に入り込んだ頭の上に広がる青黒い夜の空を眺めることにすると、すぐ隣から感じる不満げな空気が和らいだ。その様子に安心してホッと胸を撫でおろす。
「……鶴蝶は?」
「竜胆と先に泊まりのホテル行っとくって。多分もう着いてンじゃねえの?」
「ふうん」
「大将たちも早く乗りなよ、深夜だからってあんま安心出来ねぇぞ。」
テンポよく耳に流れ込んでくる未知の会話と、外に出てから一切離される気配の無いいざなの腕に引っ張られるまま例の車の中に乗り込む。
『いざな…?』
あまりの展開の速さに不安げに揺れる声でいざなの名を呼ぶあたしを無視して車の扉はバタンと大きな音をたてて閉まり、低いエンジン音が車内に響くと同時に車が跳ねるように乱暴に揺れる。視界の端に映る、切れては走る窓の風景をぽかんと気の抜けた表情で眺めることしか出来ない。
──これが車……
現れては消える丁寧に使い使われボロボロになっている電柱や木の陰、赤い絵の具を溶かしたようなネオンの光り。視界に映るものすべてが初めてで、目がクタクタになるほど感心する。
「おい蘭、運転荒いつってんだろ。」
「だってオレ免許持ってねえし。事故ったらごめんなー?」
そうあっけらかんとした軽い返事に呆れたように無音のため息をつくいざなは、数秒経って運転席から目を離し、さっきとは打って変わって優しい顔であたしの方を見た。
「外怖いか?」
その言葉と共に被せられていた帽子を取られ、狭かった視界が少し広がる。
『…うん』
小さく頷き、言葉を舌の上に滑らす。
知らない人、知らない場所、知らないもの。
それに加え時々聞こえてくるガタンという大きな音が不安と恐怖の色を濃くする。
「大丈夫、もうすぐすべてが変わる。
「東京もそれ以外も、全部。 」
そう言って瞳に宿る光を濁らすいざなが、少しだけ怖かった。
『…なんでかわるの?』
ギラギラと怪しげな光が灯る瞳を俯かせ、そう言葉を零すいざなに少し喉に絡まった声で問いかける。
その瞬間、いざなの顔があたしの耳のすぐ近くに倒れ掛かってきて、吐息が多く含まれたいざなの声が脳に直接語り掛けられているかのようにぐわりと響く。
「ンー?…○○は何も知らなくていい。その代わり、ずっとオレの傍に居ろ。」
あたしといざなしか聞こえないような、そんな小さい声が耳に放り込まれる。あたしの頬に垂れた髪から覗く目は相変わらず濁っているように見え、生気が感じられない。ゆらりと胸に忍び寄る緊張と恐怖に目を合わせないようにいざなから目を逸らし、座席の背もたれに体を預けていると、不意に顔に影がかかった。
「まだ時間あるし寝とけば?知らねえモンばっかで疲れたろ。」
伸びてきた褐色の腕に視界を塞がれ、反射的に瞼を閉じる。
ガタゴトと不規則に揺れる車内の揺れと肌から直接感じるいざなの体温につい緊張の糸が切れ、ほっとして肩の力を抜く。
「…おやすみ。」
しばらくその温かみに身を預けていると、段々と薄明のような眠気がやってくるのが分かった。瞼が乾いた石のように感じられ、視界が低下していく。
『…いざな、』
あっ、と思った時にはもう遅く、意識は完全に泥沼のような生暖かい夢の中に沈み切っていた。
更新遅くてほんとにごめんね。。。😿
メンタルがほんと死んでて。。。👉👈
出来るだけメンタルの回復が早くなるよう頑張ります❕
コメントと♡よろしくねᐡ o̴̶̷̤ ﻌ o̴̶̷̤ ᐡ💖
コメント
2件
大丈夫ですか..?無理しないでくださいね!