テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
ゆうき あきや
4,132
259
#心理描写重視
第159話:主の限界言い訳(地熱膨張と血行促進)
世界的ハリウッド女優のシャーロットがプライベートヘリで強行着陸し、そのまま温泉へダイブするという規格外の事件からしばらく。
古民家の裏庭に爆誕したプラチナ色の天然温泉は、今や完全にこの世の楽園(エデン)と化していた。
「あふぅ……。本当に、信じられないくらい体が軽くなっていくわ。ハリウッドのスパが全部ゴミに思えるほどよ……」
大女優シャーロットは、湯船の岩に頭を預け、うっとりとした表情で完全に骨抜きになっていた。
彼女のすぐ横では、村のおばあちゃん達が「海外のねえちゃん、サツマイモのおかわりあるかい?」とのんびりお湯をパシャつかせている。
さらにその隣では、体長3メートルの巨大ヒグマが「グルゥゥ……」と極楽そうな鼻息を漏らし、シルク化したキタキツネのコン吉とコン次郎が、ヒグマの巨体を島代わりにしてぷかぷかと浮かんでいた。
そんな、種族と国境を完全に超越して全員がとろけている癒やし空間を、温泉の縁に敷かれた特等席の座布団から見下ろしている存在がいた。
我が家の絶対権力者、純白の神獣シロ様である。
彼女が優雅に毛並みを整え、ふとこちらを振り返った瞬間、真っ白な湯煙の向こうで『オッドアイ』の瞳が神秘的に煌めいた。
左目のサファイアブルーは静謐な宇宙のように深く、右目の琥珀色は温かな太陽のように気高い。
その二色の瞳を細め、シロ様は「下僕たちが満足そうで何よりね」とでも言うように、ゴロゴロと喉を鳴らして王者の風格を漂わせていた。
最強のネットワーク網を通じて生配信されている画面の向こうでは、二千五百万人を超えるリスナーたちが、この世のものとは思えない平和な光景に完全に脳を溶かされていた。
『大女優とおばあちゃんとヒグマが同じ湯に浸かってる画力wwww』
『全員の顔が気持ちよすぎて限界突破してるじゃねえか!!』
『シロ様のオッドアイが湯煙に反射して綺麗すぎる……まさに神の泉』
『見てるだけでこっちの肩こりが治ってきたんだが!?』
チャット欄が超高速で流れる中、世界中のVIPたちも嫉妬と羨望のスパチャを乱れ打ちしていた。
『(ドバイの石油王からの¥50,000MeTubeギフト)=”Look at that relaxation! Charlotte is younger by ten years! Master, I will send a fleet of tankers to fetch that magic water!“(あのリラックスぶりを見ろ! シャーロットが10歳若返っているぞ! 主よ、あの魔法の水を回収するためにタンカーの艦隊を派遣する!)』
『(スイスの銀行家からの¥50,000MeTubeギフト)=”This is a revolution in medicine. The value of this spring is higher than the total assets of top tech companies.“(これは医療の革命だ。この泉の価値は、トップIT企業の総資産よりも高いぞ。)』
世界中が感動と驚愕の濁流に飲み込まれ、画面が極彩色の祝福で埋め尽くされる中。
俺――アキヤは、全員がとろけている湯船には目もくれず、おもむろに源泉がドバドバと噴き出している最も熱い『湧き出し口』へと歩み寄っていた。
手にあるのは、保冷バッグから取り出した、アルミ製のレトルトパック。
「よし。毎分数百リットル規模で湧出する高熱エネルギー流体(温泉)を確認。これより指揮官は、この熱源を有効活用した、効率的な戦闘糧食の加熱プロセス(湯煎)を執行する」
俺は元・陸上自衛隊需品科の戦闘服の袖をまくり、ボコボコと湧き立つ熱い源泉のド真ん中へ、自家製の『大豆ミートと秋の根菜の甘辛煮・湯煎パック』を容赦なく投入した。
普通なら火にかけて温めるべきレトルトを、爆湧きする天然温泉の熱エネルギーだけでダイレクトに加熱するという、極めて合理的な(?)調理法である。
数分後、温泉の熱でパンパンに温まったパックを引き揚げると、俺はあらかじめ用意していた軽トラックの荷台の定位置へと戻った。
タッパーを開け、完璧な水加減で炊き上げられた『冷やし玄米』の上に、温められた大豆ミートのきんぴら風を豪快にオンする。
そして、一切の表情を崩すことなく、ストイックに大豆ミートを咀嚼し始めた。
(……ふむ。温泉の熱効率は極めて高いな。大豆の植物性タンパク質と根菜の繊維質が、最適な温度で細胞に染み渡っていく)
脳内で完璧なロジスティクスを完遂し、淡々と咀嚼を続ける俺。
「お、お兄さぁぁぁん!!! 目の前で世界トップのハリウッド女優とおばあちゃん達が奇跡の若返りプラチナ温泉でとろけてて、世界中が腰を抜かしてる歴史的な大奇跡の瞬間に、なんで一人だけ湧き出たばかりの神聖な源泉で『大豆ミートのパック』を温めて真顔でストイックにモグモグ咀嚼できるんですか!!」
小春ちゃんが完全に理性を失い、温泉の泥をすくい取るために物置から持ってきた、黄色いプラスチック製の『ケロリンお風呂桶(頑丈な耐衝撃仕様)』を両手でガチガチと震わせながら構え、凄まじいジト目でツッコミを入れてくる。
だが、俺は玄米の咀嚼を止めない。
「小春ちゃん、取り乱すな。どれほど周囲の人間が熱源によって弛緩(とろける)しようとも、元・陸上自衛隊需品科たるもの、定時給食(エネルギー補給)という基本兵站を怠ってはならない。いかなる環境の変化の前でも、己の血糖値と代謝サイクルを一定に保つ。これが需品科の鉄則だ」
俺は水筒の熱いほうじ茶で喉を潤すと、三千万人を突破して全世界の通信インフラを破滅させかけているカメラにキリッとした真顔を向け、いつもの『限界言い訳タイム』を発動した。
「世界中の皆さま。画面の向こうで、ヒグマが掘った温泉に猫の魔法がかかり、あらゆる疲労が消え去る奇跡の若返り温泉が爆湧きしたと感動されているかもしれませんが、冷静になってください」
『出たァァァァァ!!!』
『大女優の肌が物理的にピカピカ光ってるのに、まだ言い訳する気かこの男は!!!』
『主の限界言い訳タイム・地熱膨張と血行促進編ww』
『さあ、このシンデレラのごとき若返りの泉をどうやって現実科学で論破するつもりだww』
俺は淀みない口調で、極めてフラットに言い放った。
「これは奇跡の若返り温泉でも何でもありません。先ほど発生した現象は、十勝地方の特定の断層における『地熱の局所的上昇』に伴い、地下水が急激に熱膨張して地上へ噴出しただけの、極めてありふれた熱力学的な現象です。体中の疲労が消え去り若返ったように感じるのもオカルトの力ではなく、高濃度に含まれる『硫黄成分』と『炭酸ガス』の血管拡張作用によって、一時的に全身の血行が劇的に促進されたという、純粋な医学的・生理学的な効果に過ぎません。そして、お湯がプラチナ色に神々しく発光して見えるのも神獣のバフなどではなく、温泉内に大量に繁殖した、光を反射する特殊な『発光性鉱物プランクトン』が、朝陽の光を屈折させているという光学的な錯覚です。ええ、すべてはただの『地熱膨張による地下水噴出』と『硫黄による血行促進』、そして『鉱物プランクトンの光の乱反射』ですね」
「んなわけあるかあああ!!!」
バコォォォォォンッ!!!!
小春ちゃんが、持っていた頑丈な黄色いケロリン桶を全力で振りかぶり、俺の背中に向かってパーフェクトな満塁ホームラン級・ケロリンスマッシュを見舞った。
耐衝撃仕様のプラスチック桶が肉体に激突した、鈍くも凄まじい大爆音が、湯気に煙る限界集落の朝空へと虚しく響き渡る。
「鉱物プランクトンの乱反射で、おばあちゃん達の長年の腰痛が一瞬で完治して、シャーロットさんの肌がパツパツに若返るわけないでしょうが!! 血行促進じゃなくて、シロちゃんのあの綺麗なオッドアイの瞳から溢れた神聖なオーラが、お湯をどんな病気も治す究極の回復の泉に変えちゃったんですよ!! 自分の家のペットたちの規格外のチート能力を素直に認めなさいよ!!」
『小春ちゃんのケロリンスマッシュ炸裂www(相変わらずいい音)』
『地熱膨張による地下水噴出(ただの温泉爆湧き)』
『鉱物プランクトンの光の乱反射(どう見ても純度百パーセントの神聖プラチナオーラ)』
『適応力バグおじさん、ついに世界最高峰の温泉までただの血行促進とプランクトンで片付けやがったww』
『言い訳の無理矢理さが、世界中の医学会からツッコミが入るレベルww今日も飯が美味いわww』
俺の理不尽極まりない医学的な限界言い訳と、小春ちゃんのキレキレのケロリンツッコミに、お湯に浸かっていたシャーロットは「ワオ! コハルの桶さばき、カンフー映画のスタントクイーンになれるわ!」と手を叩いて大爆笑し、三千万人を超えるチャット欄のリスナーたちも、腹がよじれるほどの大爆笑の渦へと叩き落とされた。
『ミャウ(ほんと、相変わらずお湯より頑固で屁理屈ばかり並べる下僕ね)』
俺の膝の上に湯気の中から戻ってきたシロ様が、呆れたように尻尾を揺らしながら、満足げにその美しいオッドアイの瞳を細めてゴロゴロと喉を鳴らしていた。
キツネ兄弟も、巨大ヒグマも、湯煙の中で大女優とすっかり家族のようになり、楽しそうに秋の終わりの贅沢な時間を共有している。
「……まぁ、理由はどうあれ。地熱であろうとも、これだけ完璧な熱源と回復の拠点が確保されたなら、厳しい冬に向けた村全体の防衛線および健康管理(ロジスティクス)は永久に安泰だな」
俺は背中のケロリン桶の鈍い痛みをさすりながら苦笑し、シロ様の純白の背中を優しく撫で、水筒の熱いほうじ茶をゆっくりと飲み干した。
激務に潰されて逃げ込んできた、この限界集落。
最初は一人で静かに暮らすつもりだったが、今では世界一尊いオッドアイの神獣と、最強の工兵ヒグマ、騒がしい女子高生、そして国境を越えて突撃してくる大女優に囲まれた、世界一バグった『絶対の聖域』になってしまった。
神獣の放つプラチナの奇跡と、元需品科のブレない大豆ミート湯煎。
限界集落の黄金の秋は、庭から立ち上る真っ白な湯煙と大爆笑を背に受けながら、全人類を驚愕させる究極の『秘湯スローライフ』へと、どこまでも力強く突き進んでいくのだった。
コメント
1件
いやー、今回も最高でした!「地熱膨張と血行促進」ってタイトルからしてもう笑うしかないですよね。大女優もおばあちゃんもヒグマも全員がプラチナ温泉でとろけてる横で、一人だけ湧き出し口で大豆ミートの湯煎に全力を注ぐ主人公のストイックさがたまらなかったです。そして小春ちゃんのケロリン桶スマッシュ!「鉱物プランクトンの乱反射」理論はさすがに無理がありすぎて、三千万人のリスナーと一緒に笑わせてもらいました。シロ様がゴロゴロ言いながら全てを見守ってる構図も含めて、この世界観が大好きです。