「この世界の薬草って皆こんな感じなの?」
「この世界とは?」
「あっ、いや、こっちの話!」
思わず、口にでてしまい慌てて訂正した。
薬草というものを初めて見るのもあって、岩の間から生えている白い海藻のようにも思えてしまったのだ。風がないのにふよふよと揺れているのもまた妙だった。
そして、その両脇に生えている魔法石も色が先ほどみていたのとは異なっていた。
「万能薬の力で、魔法石が変色しているのでしょう。それほど、力が強いと言うことです」
「魔法石って赤色はないの?」
「ありますが、稀少ですね。滅多に見かけません。なので、この薬草によって魔力量が次の段階に達して、稀少な赤い魔法石になったと考えられます」
「じゃあ、さっきのよりも熱いって言うこと?」
「そ、それはどうかはわかりませんが。実際に、触りませんし……触る人もいないでしょうし」
「あっ……」
ブライトが気まずそうに、言いにくそうに視線を逸らしながら言うので、自分の無知さに恥ずかしくなってきた。
先ほど、魔法石のことをよく知らずに綺麗だといって触って、火傷しそうになったことを思い出す。魔法石は、加工していない原石のままだと途轍もない魔力を持っており、とてもじゃないが人が触れる温度ではないという。だから、稀少な赤い魔法石はさらに見た目通り熱いのだろうな……と思って発言すれば、普通は触らないと言われたのだ。ブライトの言うとおりである。
触るのは、私ぐらいか……
そんなことを考えつつ、目の前に生えている白い薬草をみた。
見る限りに、これを食べろと言われたら無理だ。だって、白く発光しているから。
(いや、でも、目を閉じればいけない事もないかも……それに、味だって美味しいかもだし……)
じっと見つめるが、見つめていると目が痛くなってきたため私は数回瞬きをしてしょぼしょぼとなってしまっていた目の視点を戻す。
「これ、引っこ抜けばいいの?」
「えっ、いや……ちょっと待って下さい。エトワール様。気が早いです」
と、ブライトは焦ったように、私を止めた。
また変なことをやらかしてしまっただろうかと、私は手を止める。
こんな稀少なもの引っこ抜いて取ったぞーなんて言えるはずもない。もしかして、変な抜き方をするとその力が永遠に失われるとかだったら……そんなことを考えると、引っこ抜きたくても抜けなくなってしまった。
そうして、リュシオルが危ない。というまた今更ながらに原点に戻って、私は焦り始める。これを引っこ抜くのに、魔法石を彫るのと同等の時間がかかってしまったら……そしたら、間に合わなくなるかも知れない。そんな心配が頭の中を支配する。
「ど、どうすればいいの? ブライト」
「兎に角、その引っこ抜きそうな手を一回下ろして下さい」
そう、ブライトに指示をされ、私は仕方なく手を下ろした。
ブライトには私が、芋掘りに来て説明も聞かず引っこ抜こうとしている子供にでも見えているのだろうか。
(でも、まあブライトはこういう稀少なものに対しての知識と興味がありそうだし、勝手に引っこ抜いたら怒るよね……)
私は、ブライトをちらりと見る。彼は、ほっと胸をなで下ろしており、本気で私が引っこ抜くと思っているようだった。
何だか恥ずかしいというか、怒りも同時に湧いてきて、ぐっと握った拳に魔力が集まってきているような気がした。
「じゃ、じゃあ、どうやって抜くの? リュシオルの事も考えたら、うかうかしてられないし、時間かかるんだったら、早く取りかかろうよ」
「エトワール様、本当に一回落ち着いてください。これは、稀少なものなんです。まだ奥に行けば生えているかも知れませんが、生えていないとしたら、これの扱いを間違ってしまったら、もう二度と手に入らないかも知れないんですよ」
「分かってるって! というか、ブライト今日は良く喋るね!」
私はそう口にした。
思えば、今日のブライトは良く喋るのだ。魔法石の時だって、少し興奮気味だったし、やはり魔道騎士団団長の、帝国一の光魔法を扱う血筋の人間と言うだけあると思った。所謂、オタク……と言う奴か。
(私とは、タイプの違うオタクっぽいけど)
そこまで熱は入っていないが、確かに、貴重なものを粗末に扱おうとした私に対して少し怒りを露わにするのも納得できないわけではない。現に、私もリースが遥輝が私のライブチケットを破ったときに我も忘れて別れを切り出したのだから。それと同じ事なのだろう。
ブライトは、ふぅ……と息を吐いて深呼吸をすると、ちらりと薬草の方に目をやった。薬草は主張強めに光り輝いている。
「魔法を使って、周りの岩を少しずつ砕きます。勿論、薬草を傷つけないように」
「火の魔法は……使えないよね」
「そりゃ、勿論です。稀少な薬草とは言え、所詮は植物ですので、火の魔法など使ってはいけません。耐久力は、他の植物と比べてあるでしょうけど……燃えてしまったら」
「……ご、ごめん、いっただけだから」
また、ブライトに無知な人だと思われそうで、私は口を閉じた。これ以上いったら、色々露見してしまいそうで、私は取り敢えず、ブライトの指示に従うことにする。
ブライトは、水の魔法で周りを削っていくと言った。そもそも、ブライトは火の魔法を使えないわけだし、水か、木か、風か、土かになるが、この場合やはり水が適応だろう。
「エトワール様、くれぐれも加減を間違えないように」
「わ、分かってるって!」
もう一度、釘を刺されつつ、私は、ブライトとは反対側の岩を水の魔法で砕くことにした。前の滝みたいな水の魔法を発動してしまったら、薬草がどうなるか分かったものじゃない。水のあげすぎはよくないし、この薬草は、魔力だけで育ってきているため、そもそも水を与えたら枯れてしまうかも知れないのだ。いや、腐ってしまうのかも。
兎に角、普通の植物とは違うため、丁寧に扱わなければならない。
私は、少し強めに魔法を発動させつつ、薬草本体にダメージがいかないように、遠くの岩から削っていく。水が跳ね返り、ドレスを濡らしていく。
「冷たっ」
「後で乾かしましょう。もう少しで、削れますよ」
と、ブライトは発掘に一生懸命なっているようで、自分の衣服が濡れようと構わないようだった。
普段のブライトからでは信じられない。
だが、手早く発掘することで、早くリュシオルの元に届けられるかも知れないと思うと、服のことを気にしている場合では無いと思った。
そうしているうちに、周りが削られていき、薬草の根が見えてきた。それは、普通の植物とは違い太く、まるで大根のようだった。根っこまで発光しているのがなんとも言えない。
「エトワール様、お疲れ様でした」
「は、はひぃ……」
その後、地道に岩を削っていると、すっぽりと薬草は抜け、その白い光を放ったまま抜き取ることが出来た。魔力は失われていないようだった。
「これは、手に持っても大丈夫なの?」
「はい、魔法石は特殊ですから。まあ、かといって、これも特殊で人が触れられないものかも知れませんが、先ほど手が当たったときには大丈夫だったので、多分安心かと思われます」
「曖昧……でも、傷がつくことなく抜けて良かった」
私は、目の前に差し出された薬草を見た。これが、どんな毒にも効く万能薬なのかと、やはり不思議に思う。ファンタジー名世界なので、多少形が異形でも食べられると思ったのだ。
現実にあったら食べないけれど。
「じゃあ、これで戻れるね」
「はい、急いで戻りましょう」
私は、ブライトと目を合わせて来た道を戻ろうとした。
すると、ドオォオオオン! と凄まじい音が鳴り、その瞬間洞くつ内が激しく揺れだしたのだ。
(地震――――!?)
「エトワール様!」
「ブライト!」
「エトワール様、出口まで走りましょう」
「え、え、え、!?」
「大蛇が、こちらに向かっているようです」
そのブライトの一言で、私はさああっと顔が青くなった。
ブライトは、何をしているんですか、早く。と私の手を引く。手を捕まれ、未だ理解が追いつかない私は、ふと後ろを振向いた。するとそこには、闇と同化しているのに、はっきりとそのシルエットが目で捉えられた。
大きな口を開けた大蛇が、その赤い瞳で私達を見つめている様子が、私にははっきりと見えてしまったのだ。
(ちょ、ちょっと、大きすぎない――――!?)