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木の上で葉に紛れる魔物。俺が指さしたそれを見て、七里は頷いた。
「勿論だ。しかし、眼が良いな。アイツはこの異界でも有数の初心者殺しって言われてるんだがな」
「まぁ、視力には自信がある」
それは蛇だ。緑色のその体は葉に紛れる為に柄を変化させている。カメレオンのような能力という訳だ。とはいえ、気配を完全に消している訳でも魔力を隠蔽している訳でもない以上、その隠密能力は然程高いとは言えないだろう。
「じゃあ、撮っててくれ」
「おう」
七里がカメラを構えたのを見て、俺はその蛇の隠れる木の下へ歩き始める。
「さて……」
投石や魔術で木に登ってるままの蛇を殺しても良いが、戦闘というより不意打ちでしかない以上、証明の為の映像として認められるか分からない。
「気付かれたな」
蛇がこちらを見た。その視線がずっとこちらに向いているのが分かる。そのまま、俺はその蛇の潜む木の下を通り……
「キシャ――――ッ」
上から飛び掛かって来たところを切り裂いた。
「さて、これで良いか?」
「おう、バッチリだ。かっこよく撮れたぜ?」
七里はにやりと笑い、記録用のカメラを掲げた。
「じゃあ、これで終わりだな」
「あぁ、そうなるが……連絡先でも交換しとくか?」
「遠慮しておく」
踵を返し、俺は答えた。
「協会内に伝手があると、色々便利だぜ?」
「……プライベートの連絡は無しだ」
七里は笑い、スマホを取り出した。俺もスマホをポケットから取り出す振りをして、そのままLINKを交換する。
「これで良いな」
岩崎七里。フルネームで登録されたそのアカウントを確認し、俺はスマホをポケットに入れる振りをして虚空に入れる。
「……なぁ、ちょいとポッケを見せてくれねえか?」
「あぁ、別に良いが」
俺はポケットに手を突っ込んでスマホを呼び出し、そしてポケットを開いて見せる。
「それ、あんまり近くでやると勘の良い奴は気付くぜ?」
「……忠告は受け入れておく」
私用空間《プライベートスペース》、その発動に気付かれたらしい。空間魔術でありながら魔力の揺らぎが極めて小さいこの魔術、正直バレることは無いと思っていたんだが。
「種も仕掛けも分からんが、空気……っつーか空間が妙に揺らいだのは分かった」
「なるほどな」
魔力関係なく察知されたか。距離が遠ければ分からないだろうし、何が起きたかも理解出来ては居ないだろうが、何かしたということに気付かれるだけでも問題ではある。
「……アンタは、どのくらい強いハンターだったんだ?」
「準一級だ。元、だけどな」
それは、中々だな。空間の揺らぎで魔術を察知できるのは只者じゃないだろうとは思ったが、準一級か。想像以上の上澄みだ。
「今は協会の為に異界の環境調査を主な仕事にしてるからな。バチバチ戦わねえ分、多少鈍っちまってはいるだろうな」
「……アンタみたいなのが六級の試験官なんてやるもんなのか?」
俺が尋ねると、七里は視線を逸らした。
「まぁ……アレだ。丁度、暇だったからな」
嘘だな、こいつ。
「本当は何なんだ?」
「丁度暇だったからってのは本当なんだが……実は、上から頼まれてな。近くで昇格試験を受ける老日勇って奴の試験官をやって来いってな。別に重大な任務って感じでもねぇし、秘匿事項ってことも言われてねぇから割と気軽な気持ちで来たけどな」
なるほどな。
「それだけか?」
「元々、悪魔召喚者の疑いがあったんだろ? 警察の捜査で疑いは晴れたらしいが、念の為に元準一級のお前の目で何かおかしなところが無いか見てこいってな。多分、俺が近くに居なけりゃ普通の試験官が来てただろうからな、そんなに重く考えなくても良いと思うが」
俺の人格と能力を確認する目的があったのか? 最初に手を見りゃ分かるみたいなことも言ってたからな。人格と能力、この二つを確かめるのにその場で最も適してる存在が七里だったのかも知れない。
「……なるほどな」
「まぁ、本気で疑ってるなら俺みたいな腹芸出来ない奴を送らねえだろうよ」
確かに、それはそうだな。七里の言う通り、念の為の確認以上の意味合いは無さそうだ。
「ま、取り敢えず試験は合格だろうな。明日、協会に行って申請すれば直ぐ昇格出来ると思うぜ」
「あぁ。今日は助かった」
無駄に何時間も異界で狩りをさせられるのは面倒だからな。そこをスキップできたのはありがたい。
「んじゃ、帰るか」
俺は頷き、七里の後ろを歩いて異界の外へと歩いた。
♦
ん? あぁ、老日か? まぁ、強いな。アイツは。取り敢えず、気配の察知や感覚の鋭敏さに於いては俺に匹敵するな。ただ、魔術に関しては特に見てないな。それに、あの身の熟しを見るに恐らく物理主体で魔術は殆ど使えないだろうな。
あぁ、悪魔の召喚なんかも無理だろうな。そもそも、人格的にも悪い奴じゃなさそうだったからな。そういう人の命に関わるような犯罪はしないと思うぜ。
あぁ、試験については間違いなく合格だな。映像も見たろ? 力量はかなりある。最近の異界を舐め切ってるガキ共とは全然違う。
おう。そうだな。じゃあ、もう俺は行くぜ。報告書はよろしくな。
……さて、これで容疑は晴れたろ。期待してるぜ、ルーキー。