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夜明け前。
わずかに白んだ空の下、栞はひとつの疑問を口にした。
「ねえ、翠さん。コードネームって、なんの意味があるの?」
歩きながら、栞は自分の胸元に縫い込まれた「0812」のタグを指でなぞった。
「私は、0812。あなたは、0415。……ただの識別番号なの?」
翠はしばらく沈黙したあと、低く口を開く。
「……昔はな。コードネームは“管理番号”だった」
「管理番号?」
「ああ。組織に拾われた日だ。お前が“栞”として存在する前に、ただの実験サンプルとして管理されていた番号。それが“0812”」
「……私が、拾われた日……」
栞の瞳が細かく揺れる。
「じゃあ、翠さんの“0415”も……」
「ああ。俺が“最初に殺した日”だ」
「──!」
立ち止まる音。
振り返った栞の表情には、驚きと哀しみが混ざっていた。
「お前がコードネームをもらったとき、俺はそれを“絶対に呼ばない”って決めた」
「……どうして」
「それは、お前を“番号”で見たくなかったからだ。……俺たちは、ただの道具じゃねぇ。誰かが決めた番号でも、造られた兵器でもねぇ」
その声には、長年押し殺してきた怒りと後悔が滲んでいた。
「だから、俺は……“栞”って名前を、呼び続けてる」
栞は、しばらく何も言えなかった。
風が吹く。
朝の匂いが、ふたりの間に静かに流れた。
「……じゃあ、私も、これからは“翠さん”って、ちゃんと呼ぶね」
「……おう」
「番号じゃないあなたを、ちゃんと知って、ちゃんと信じるから」
そう言って笑った栞の顔は、
どんな任務報告よりも真っ直ぐで、どんな戦闘記録よりも尊かった。
***
その夜、ふたりは加賀見から預かっていたデータを解析していた。
暗号化されたファイルの中に、ひとつの“実験資料”が見つかった。
【特別区画・対象個体記録】
0415:被験体群A、最終段階到達。処置可。
0812:感情変異が著しく観察される。接触個体(0415)との結びつきによる相互依存。
→経過観察中。処分予定対象候補。
「……っ」
栞が思わずファイルを閉じる。
「つまり……私たちは、あの頃からずっと、誰かの観察対象だったってこと……?」
翠は静かに頷いた。
「組織は“殺し屋”を作ってたんじゃない。自分たちの“理想”を投影できる人間を、人工的に“仕立て上げてた”んだよ」
「私たちは……選んだようで、選ばされてた……?」
「……でも違う。今は、自分で“選んでる”。お前も、俺も」
栞は、自分の胸の番号をぎゅっと握る。
「0812なんて番号、いらない。私は、“栞”で生きてく」
「その覚悟があるなら、もう俺たちは“実験対象”じゃねぇ。──反逆者だ」
「……うん」
そしてふたりは決めた。
コードネームを捨て、名前で生きること。
すべての“計画”を止めるまで、逃げずに立ち向かうこと。
ふたりの戦いは、今や組織の表面を超え、
最深部に触れ始めていた。