テラーノベル
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奏太は、病院の待合室の硬い椅子に深く腰掛けた。
無機質な白い壁に囲まれ、周囲には病衣を着た患者や付き添いの家族が行き交っていた。
壁に掛けられた時計の針が無情にも進んでいく。
心臓の鼓動が静かに響き、医師に告げられた言葉が脳裏を巡る。
「君の病気は進行している。余命は長くて一年だ。」
目の前がぼやけた。
長く生きられない——そんな現実が、自分の人生の幕引きを予告していた。
「……大丈夫?」
ふいに聞こえた声に、奏太はハッと顔を上げた。
隣に座る女性が、優しく微笑んでいた。
黒髪をゆるく結び、淡い水色のワンピースを着た彼女は、どこか穏やかで、周囲の空気を柔らかくするような雰囲気を持っていた。
「具合が悪そうだから、気になって……。」
奏太は彼女の瞳を見つめた。
そこには、余計な同情も、不必要な気遣いもなかった。ただ、純粋に「あなたは大丈夫?」と問いかける温かさがあった。
「……大丈夫です。」
低く呟きながら、彼は視線を逸らした。
「そう?ならよかった。」
彼女は微笑んで、カバンから小さなノートを取り出した。
表紙には「To Do List」と書かれている。彼女はペンを走らせながら、思い出したように言った。
「私、あかり。あなたは?」
唐突な自己紹介に、奏太は戸惑った。
「……奏太。」
「奏太くんね。よろしく。」
あかりは、まるで旧知の友達にでも話しかけるように、自然に笑った。
彼女の明るさと、見知らぬ相手への親しみやすさに、奏太は少しだけ戸惑いながらも、心の奥で安堵感を覚えていた。
診察を終え、病院のロビーを歩いていると、あかりが前を歩いていた。
彼女はふと立ち止まり、誰かと話している。
ベンチに座る老人に向かって、彼女はしゃがみこみ、静かに語りかけていた。
「おじいちゃん、落ち着いてね。ほら、お水飲める?」
老人は震える手でペットボトルを受け取り、かすれた声で呟いた。
「……ありがとう。」
その場面を見て、奏太は思わず足を止めた。
彼女はこうやって、誰に対しても自然に手を差し伸べる人間なのだと、直感的に理解した。
自分とは正反対の存在。
彼は、自分がこの世界で誰かの助けを求めることを拒み、ひとりで生きてきた。
けれど、彼女は迷わず手を伸ばす。
——俺は、こんなふうに生きられない。
ふと、彼女が顔を上げた。
「奏太くん!」
驚いたように彼を見ると、軽く笑った。
「またね。」
短くそう言って、彼女は老人の手を優しく握ったまま、ゆっくりと会話を続けていた。
奏太は、無意識にスマホを取り出し、彼女の名前を検索した。
——「倉橋あかり」
検索結果には、彼女の活動が載っていた。
病院や福祉施設でのボランティア、地域の子どもたちの支援、海外支援プロジェクト……。
「人を助けるのが好き」
病院での何気ない言葉が、彼女の本質を映し出していた。
数日後。
スマホに届いたあかりからのメッセージを見て、奏太は駅前のカフェへ向かった。
店内は落ち着いた雰囲気で、スチームミルクの甘い香りが漂っている。
カウンター席に座るあかりを見つけ、彼はゆっくりと歩み寄った。
「来てくれて、ありがとう。」
彼女の声は柔らかかった。
「……なんで俺に?」
48
#泣ける
奏太は率直に聞いた。
あかりは微笑んで、小さく首を傾げる。
「昨日、病院で会ったでしょ?」
「それだけ?」
「それだけじゃないけど。」
彼女はカップを持ち上げ、静かに紅茶を飲んだ。
「私ね、人を助けるのが好きなの。」
「助ける?」
「うん。誰かが苦しんでいるのを見ると、放っておけないんだ。」
彼女は壁にかかった時計を見上げ、ゆっくりと息をついた。
「昨日の君の顔、すごくつらそうだった。」
……そうだったのか。
あの日、自分はそんな顔をしていたのか。
しばらくの沈黙のあと、奏太はぽつりと呟いた。
「……俺、余命一年って言われた。」
告白した瞬間、自分の心臓が強く脈打つのを感じた。
あかりの表情が変わった。驚き、悲しみ、そして何かを考えるような目——。
だが、彼女は泣きもしなかったし、絶望したような顔もしなかった。
代わりに、まっすぐ奏太を見つめ、静かに言った。
「そっか。」
その言葉に、彼は救われた気がした。
誰かに「かわいそう」と言われることも、「頑張れ」と励まされることも、いらなかった。
ただ、「そっか」と、彼の苦しみをそのまま受け止めてくれる人がいることが、何よりも心を軽くした。
「——君に、何かできることある?」
その問いかけに、奏太は目を見開いた。
彼女の瞳は、決して偽りではなかった。
誰かを救うために生きてきた人間が、彼をまっすぐに見つめていた。
彼の人生が、少しだけ変わる瞬間だった。
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