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青白い顔で後退りしたロディアは、四方を鬱蒼とした木々に囲まれる誰もいない森の中で、膝を震わせ怯えていた。
それもそのはず、圧倒的な力の前に為す術もなく拉致された元凶の獣人が、険しい顔でロディアを見つめているのだから仕方がない。
「こんなところへ連れてきて何をするつもりですか。……ま、まさか」
勘繰ったロディアは半身を引いて身構えた。
イチルは彼女の様子を上から下まで確認し、さらに一歩距離を詰めた。
「お、お願いです、それだけはやめて。乱暴だけは……、キャッ!」
腕を掴まれたロディアは、これから自分がどうなるかを想像して顔を背けた。しかしその反応に対して細い目をしたイチルは、彼女の顔を反対へ傾けてから、真っ直ぐ立てた指先を、同じ方角へ向けた。
「どんな卑猥な想像をしてるか知らんが勘違いするな。君にはこれからやってもらう仕事がある。妄想は後にして、まずは準備しろ。あと悪いんだが……、俺はガキに興味がない。抱いてほしけりゃ、もう少し大人の女になることだ」
「へ?」と空返事したロディアは、乱暴されると想像して押さえていた胸元を叩くフリをして、顔を赤らめたまま、なんなんですかと不機嫌に反抗した。
「捕獲のスキルを持っているな。どこまでいける?」
「ど、どこと言われても……」
「だったら片っ端から試すしかないな。そこに洞窟の入口が見えるだろ。中で可能な限りモンスターをテイムしてこい。期間はこれから二日間、極力強い奴を頼むぞ」
「……はい?」
それいけとロディアの背中を押したイチルは、崖状になっている洞窟の入口へとロディアを投げ落とした。
この世の終わりのように「嘘でしょ」と叫び声を上げるロディアの様子を見届け、イチルはすぐさまその足でランドへと戻った。
まだまだやることは山積みだと首を鳴らし、イチルはロディアを心配して小屋の前でウロウロしているウィルを掴まえ、また一飛びでゼピアの街へと引っ張った。
「おのれ貴様、よくもロディアを拐ってくれたな。あれ、ロディアはどこだ。一緒じゃなかったのか?!」
「お前は妹の心配より自分の心配してろ。言っとくがウチで一番使えないのはダントツでお前だ。冒険者ランクでマウントを取ってるつもりだろうが、そんなものには何の意味もないぞ凡人」
「なんだとッ?!」と暴れるウィルを街の真ん中へ投げ捨て、揉め事かと二人を見つめる住民の視線を集めてから、イチルはウィルの耳元へ顔を寄せて呟いた。
「お前を見てるカップルや夫婦がいるな。これから二日間、時間の限りそいつらを別れさせてみろ。どんな手を使ってもいい、可能な限り全てをシングルプレイヤーに変えてやれ」
「はぁ?! アンタ、みんなになんの恨みがあってそんな卑劣なことを」
「断っておくが、絶対に手を抜くなよ。もし少しでもいい加減なことをしてみろ……。お前らは討伐隊の手で八つ裂きに殺される。それが嫌なら死ぬ気でやるんだな」
待てというウィルの手を振り切り、イチルは再び急ぎ足でランドへと舞い戻った。小屋前では即席の軍議ならぬ作戦会議が始まっており、フレアとペトラがコマに見立てた小さな石を施設図の中に並べ、相手のコマの置きどころや、それに伴う自分たちの戦力配置を話し合っていた。
ただ一人残されていたミアは、二人の高度すぎるやり取りについていけず、あわあわと慌てふためくばかりだった。
「なぁ、おチビさんたち。ちぃと、このメイドを借りていくが構わないか?」
同時に振り向いた二人は、躊躇なく、深く頷いた。
即答ぶりにショックを受けたミアはがっくり肩を落としながら、渋々イチルに両手を差し出した。どうやらお縄にかかる覚悟が決まったらしい。
お姫様抱っこのように抱えられ、なぜか嬉しそうキャーキャー騒ぐミアを連れたイチルは、ランド敷地内の端にまで移動した。そこは砕石用の大きな岩が大量に植わっていて、ミアをポイと捨てたイチルは、目ぼしい岩を選別し適当に丸を付けた。
「痛いじゃありませんか。女の子をそんなふうに扱うなんて酷いです!」
フグのように膨れた彼女の頬を一突きし、イチルは目の前にそびえ立った、中でも一番大きな岩をパンパン叩きながら、新たな指令を出した。
「では仕事の説明をする。これからお前には、印をつけた岩の拡大・強化をしてもらう。自分が持つスキルや魔法を用いて、誰にも壊せない巨大で頑丈な岩を作ってくれ。期間はこれから二日間、フレアやペトラを死なせたくなければ死物狂いでやれ」
「死って、……それはどういう?」
「そのままの意味だ。お前が手を抜けば、フレアたちも、この施設も、この世界から消えてなくなる」
「そ、そんなぁ! ……でも、私なんかじゃとても、無理……です」
「だったら何もせず諦めるがいい。どちらにしても、お前の働き如何で全員の今後は決まる。くれぐれも気を抜かないことだ」
「ちょっと待ってください!」と呼び止めるミアを無視し、イチルはすぐに小屋へと戻った。
イチルの想定が正しければ、三人が生み出すパーツさえ揃えば、《それなり》の勝負になるのは見えていた。しかし《それなり》よりも高みを目指すならば、フレアとペトラの頑張り次第であることは言うまでもなかった。
三度小屋前を覗いたイチルは、白熱した議論を続ける二人を眺めながら、いつか買った寝転べる椅子を外の木陰に移動させ、「ファ~」と欠伸をした。
遠目に議論の中身に聞き耳を立てるイチルは、どうやら自分の取り越し苦労だったなと笑みを噛み殺した。
よもや十歳同士とは思えぬ高等な議論の中身は凄まじく、イチルすら思いもつかないギミックを語り合う二人には、言葉を挟む意味すら皆無だった。
「では頑張ってもらいましょうか、未熟な冒険者ども。寝てるだけで遊んで暮らせる金をジャンジャン生み出してくれたまえ!」
イチルの言葉に苛ついたフレアが「うるさい!」と叫んだ。カッカッと笑ったイチルは、枝にかかっていた誰かの帽子で顔を隠すと、そのまま眠りにつくのだった。