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「あっつい……」
伸びてきた手を有夏はピシャリと払った。
ベッドに横向けで転がり、寝る前のひとときをPSvitaに興じていた彼の背に、ピタリと張り付くように幾ヶ瀬の身体が寄せられる。
風呂上がりの熱気がむわっと押し寄せてきて、有夏は露骨に顔をしかめた。
体温が低く線も細い彼に比べて、幾ヶ瀬の熱は耐えがたいものであるらしい。
「キモいいくせ、あっち行け。てか、邪魔すんな」
「オレのタァァーン、ドロォー! モンスターを召喚ッ、更に魔法カード・融合発動ッ!! 融合召喚、出でよッ! 剣闘獣!ネロキウスっ! モンスターを装備魔法で強化ァッ!」
2週間近くやり込んで、強化に強化を重ねたこのデッキに死角はない。
「何やってんの。何がオレのターンなの。いつもみたいに有夏って言いなよ」
「うっせ」
「何時間やってんの」
「うざ。」
「有夏ぁ?」
生返事でゲームを進める有夏だが、幾ヶ瀬はこういう時しつこい。
「有夏の耳、後ろから見てもかわい……」
「うるせっての。暑い。ジャマ。うざい。バカ」
かわいい有夏の言葉とはいえ、幾ヶ瀬の頬が若干引きつった。
「有夏、え……本当に?」
何もしないでこのまま寝るのかという意味である。
隣りの角部屋──有夏の部屋は悲しいかな、ゴミ屋敷と化していて。
暑いと喚きながらも、彼は当然といった顔で幾ヶ瀬の家に居座ってベッドを占領している。
その態度たるや、部屋の主たる幾ヶ瀬の方が「ごめん」と断って上がらなければならないくらいに。
狭いシングルサイズの寝台に男二人が横たわれば、触れるなという方が無理な話。
壁側を向いた有夏のTシャツの裾からのぞく白い背を眩しそうに眺め、幾ヶ瀬の指は無意識にそこに伸びた。
「うあぁッ、気持ち悪っ!」
「気持ち悪……!?」
「何だよ。触んなって。暑っついから!」
ごめんと宥めるように幾ヶ瀬は身体を離す。
「でも有夏、まだ5月なんだし……。じょじょに暑さに慣れてかないと。今からエアコンつけてたら勿体ないでしょ」
チラリ。
有夏が背後へ視線を送る。
「幾ヶ瀬はそうだよね。有夏の体調より電気代なんだ」
「有夏……」
昨年の夏のこと。
有夏が24時間エアコンをつけっぱなしにしてダラけていたものだから、幾ヶ瀬がリモコンを取り上げて隠したという経緯があったのだ。
その隠し場所を、彼はまだ知らない。
初夏の暑さに、不意にそのことを思い出したのが有夏の苛立ちの原因かもしれなかった。
「もうヤだ。本体まで熱いし」
ゲーム機を放り出し──ちゃっかりセーブはしていたようだが──有夏はコロリと寝返りをうつ。
途端、顔をしかめた。
シーツの冷たい場所を求めて寝返ったのに、目の前には風呂上がりの幾ヶ瀬が横たわっていたから。
有夏より幾分、体格も良い為に圧迫感もあったのだろう。
「暑くるしっ……」
呟くと再び背を向ける。
「有夏―?」
幾ヶ瀬がしつこく名を呼ぶが、無視。
背筋を凝視する視線を感じたか「暑っ」の連呼は「キモっ」に変わった。
「有夏、頼むよ」
「ヤだ。幾ヶ瀬、キモい」
何度目かの「キモい」で、スプリングが大きく軋む。
幾ヶ瀬が立ち上がったのだ。
スタスタと1DKのキッチンへ向かう背は強張っていて、追う有夏の視線が訝しげに揺らぐ。
キッチンの上段の棚から大鍋を出し、幾ヶ瀬は蓋を開けた。
当然といった動作で、そこから取り出したのは去年から隠されていたエアコンのリモコンだ。
あっと有夏が声をあげる。
有夏が絶対に見ない場所だからねとでも言わんばかりの表情で、ピピピピッとボタンを長押ししている。
それに反応してベッド際の壁に設置されているエアコンの送風口がウィーンと音たてて開いた。
冷たい風がベッドを直撃し、有夏は「んー」と至福の吐息をついて目をとじる。
戻ってきた幾ヶ瀬が尚も無言でいることを気にした様子はない。