テラーノベル
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俺はもうすぐ死んでしまう。そう決まってる。
俺が死ぬのはいつだろう。俺はどうやって死ぬんだろう。事故? 自殺? それとも、もう一人の自分に殺されるんだろうか。昨日、出遭ったあのドッペルゲンガーに。
誰かに聞いたことがある。ドッペルゲンガーを見た人間は死ぬらしい。だから、俺はもうすぐ死んでしまうんだ。
死んでしまうなら、何か、その前に、何かしなくちゃ。
「…っは、ぁ…う、あ、あっ」
俺が今シーツ握りしめてる理由は、大体そんなところだった。
俺の足かついで腰つき動かしてる奴のことは、ずうっと前から好きだった。だけど、気持ちを伝える気もなかったし、叶うなんて思ってもいなかったし、勿論今だって俺の思いが叶ったわけじゃない。ただ、もうすぐ死ぬなら、一度くらいは抱かれてみたいと思った。
そういえば、どうして俺は「抱きたい」じゃなくて「抱かれたい」って思ったんだろう。
多分、なんとなくだった。一度は経験してみても良いかと思った。勿論チャンスがあれば、抱いたっていい。
目黒は、少し伸びた前髪を散らしながら腰を振ってる。目にかかって邪魔だろうかと思い、息を上げながら手を伸ばして、耳元からかきあげてやる。
目が合った。まつ毛が長くて、潤んだ目黒の目。まるで獣みたいに充血している。
目黒は俺がキスをねだっているのと勘違いしたみたいだった。
顔が近付いてきて、唇を塞がれる。キスはすぐ終わって、また目黒の前髪が彼の目元を隠した。
ああ、もっと顔が見たいのに。だけど、そんなことよりも、今注目すべきなのは目黒の動きが早くなってるってことだった。もうすぐ、イクみたいだ。
「あ、あ…っ、あ」
ギシギシうるさいベッド。俺の上げる声に合わせて安物みたいな音を立ててる。目黒と繋がった部分が何だか熱くて、痛くて、俺の身体じゃないみたいで。粘着質の、変な音もしているし。それでも、目黒の息遣いを聞いていれば、どんな不快感だって忘れられた。
「阿部ちゃん、イク。イキそう。イッてもいい?」
「あっ、うん…、イッて。イッていいよ」
「ん、イク。イクよ。あっ、あ…!」
きゅっと目を瞑った目黒。切なそうな息を吐いてる。俺の奥から突然ズルって、一気に引き抜かれて、背筋が震えた。目黒が自分で扱きながら俺の腹に零している。俺は息苦しくて、はあはあ呼吸を繰り返しながら、白っぽいぬるぬるしてそうな液体をぼんやりと見つめてた。
精液って、どんな味がするんだろう? こうなったら今まで知らなかったこと、全部知りたくなる。全部触ってみたくなる。全部、味わってみたくなる。
腹の上に放たれたものを、指で掬ってぺろりと舐めると何だか不思議な味がした。いや、味はそこまでおかしくないのかもしれない。それよりも、匂いの方が強い。俺のもこんな匂いがするから、余計妙な気持ちになるのかもしれない。
「阿部ちゃん、そんなの汚いよ」
「キス、したくなくなる?」
「別に、大丈夫だけど。キスしたいの?」
「するのは嫌いじゃないよ」
「ふうん……あ、」
と、目黒が無表情に俺を見つめたまま声をあげた。何か思い出したみたいだ。
「何?」
俺も、抑揚のない声で聞き返す。
目黒は口元だけで笑って、それから俺の欲望へと手を伸ばした。一瞬、腹筋に力が入る。中途半端に力をなくしたままでいる、目黒の手の中のそれ。
「阿部ちゃんが、まだイッてないでしょ」
「ああ、そういえば」
そういえば、さっきから俺は抱かれることに必死で自分のことなんかまったく考えていなかった。
何の情緒もなく、目黒の手が動き出す。自然と、荒くなった息が俺の口から吐き出された。目黒は何か面白いものを見るみたいに、じっとそこを見つめながら俺のを追い立てた。目黒の手によって、ぴりぴりむず痒い痺れが頭の上までやってきて、本能的に身体の神経全部がイクことに集中する。俺は目の前の伏せた瞼を縁取る長いまつ毛を見つめながら、さっきのイキたいって言った彼の顔を思い出した。
「っふ…」
ぎゅっと拳を握り締めて、息遣いを高くする。俺は思わずイクことを躊躇った。俺がイッてしまったら、もうこれで終わりなんだろうか。
「阿部ちゃん、…イキそう?」
「…っん」
「イッてよ。俺、阿部ちゃんがイクとこ見たい」
だけど目黒はいとも容易く、俺の頭の中の不安を追いやってしまった。
「あ…、あ!」
とろとろ、俺の張り詰めた先っぽから欲望の残滓が零れていく。目黒は、俺の精子で濡れた手をぺたぺた俺の腹や胸にくっつけながら、顔を近付けてきた。
「じゃあ、次はキスしてあげる」
「んん…」
俺から誘っておいて今更だけれど、一体目黒はどういうつもりなんだろう。もし目黒が俺の申し出を断っていたなら、俺はただの変態に成り下がるわけで。そうならなかったのは他でもなく目黒のお陰だった。目黒が、俺と同じくらい変態だったお陰で? それとも…。
目黒が何を考えているのか、やっぱりよくわからなかったし、あらぬ期待を抱いてしまうほどには、俺の頭は狂っちゃいなかった。
「阿部ちゃん、もっとしたい? もっと、してもいい?」
「めめが…したいなら」
「じゃあ、もう一回しよう」
目黒はどこか浮かれてるみたいだった。余程、アナルセックスに興味でもあったんだろうか。意外ともの好きなんだな。俺も、人のこと言えないけれど。
「ねえ阿部ちゃん、今度は阿部ちゃんが上になって?」
ころんと横になって、甘えるみたいに言った目黒に、俺はぱちくり瞬きをしてみせた。俺が上? ということは。
「俺が、めめに入れるってこと?」
「はっ!? 違うっ! 違うよ!」
途端、目黒はぶんぶん首を振った。ものすごい慌てようだ。あまりの勢いで否定するので、俺は思わず吹き出した。しかも、笑い出したらなかなか止まってくれない。目黒の様子がツボに入ってしまった。人には躊躇もなく突っ込んで、さんざん好き勝手に動いておきながら、そんな慌てようって。
「阿部ちゃん、笑いすぎ」
「いや、今のめめ、ほんとに面白かった…ふふっ」
「阿部ちゃん…本当は、俺のことからかってる?」
「まさか! 」
まさか、まさか。俺はきっぱりと否定した。
俺がどんな思いで目黒に「抱いて欲しい」と頼んだか、目黒に教えてあげたいくらいだった。少しは察して欲しい。
だって、ずっと好きだった相手に突然抱いてくれと頼むなんて、そうそう出来ることじゃないはずだった。本当に文字通り、俺は死ぬ覚悟で目黒の袖を引いたんだから。いや、正確には自棄を起こしたといった方がいいかもしれない。どうせ死ぬなら、一度くらい、いい思いをしたかった。まあ実際は、痛い思いもしなくちゃならなかったけど。
「ね、俺が上だよね? ちょっと待って…、あ」
目黒の腰を跨いだ拍子に、もう十分に準備の出来た目黒の欲望が太腿を押した。
「めめの、もうおっきくなってる」
「ん、阿部ちゃん、焦らさないで」
「うん、……ん、けどっ、上手く入らなくて…」
焦っているのは、目黒かそれとも俺の方だろうか。目黒のそれを掴んで、どうにか俺の中へ導こうとするも、結構難しい。すぐにつるりと抜けてしまう。
目黒は、荒い息を吐きながら眉を寄せている。彼が口を開けてる姿はものすごく、色っぽい。
「阿部ちゃ、阿部ちゃん…」
たまらないと言った様子で、目黒が俺の名前を読んだ。
「……っ 」
なんて声。なんて、声を出すんだろう。まるで、凄まじいほどの愛情がこもっているんじゃないかって錯覚する。
「あ、めめ…、入った、よ?」
「阿部ちゃん中、きつ… 」
ようやく全部が俺の中に収まると、目黒は満足そうに微笑んだ。さっきから、何だか狙ってやってるみたいだ。目黒は俺に向かって、からかってる? って唇を尖らせたけど、俺の気持ちを知っていて、からかっているのは本当は目黒の方じゃないんだろうか。そんなことを頭の片隅で考えながら、俺は腰を揺すり始めた。
「んっ… 」
自分の中に起こる物理的な快感よりも、目黒の色っぽい顔がもたらす快感の方が俺の身体を支配していた。俺はもっともっと彼の艷やかな表情が見たくて、夢中で腰を使いながら、じっと目黒を見つめていた。
「めめ…めめっ」
名前を呼ぶと、不意に閉じられていた目黒の瞼が上がった。
潤んだ瞳。きらりと扇情的に輝く大きな瞳。この瞳が、今俺だけを見つめてる。そう思うと、もう、それだけで。
「めめ、イク、イキそう。俺…もうっ 」
俺は目を瞑り、内腿を震わせて首を横に振った。これ以上、目黒の顔を見ていたら、何度達しても足りないかもしれなかった。
本当に、目黒が好きだった。ずうっと目黒だけが好きだった。誰といたって、やっぱり彼のことを思わずにはいられなかったから。
「阿部ちゃん…、阿部ちゃん、一緒にイこう?」
「うん…っ」
目黒は言うなり、俺の腰を掴んで、自らの腰を突き上げてきた。額に浮かんだ汗が、こめかみを伝って頬へ流れ落ちる。
「ん、阿部ちゃんっ 」
「うんっ。あ、イク…あ、あっ」
さっきみたいに、目黒はすんでのところで引き抜こうとはしなかった。俺がぽたぽた目黒の腹に零していくのと同時に、全部俺の中に注ぎ込んだ。俺はその熱い飛沫を確かに身体の中に感じていた。
「めめ…っ」
熱を放ってしまった目黒のそれを抜いたあとも、俺は目黒の上に乗っかったままでいた。向かい合って、座っている俺たち。
ああ、俺は…。不意に思い出す。そうだ、俺はもうすぐ、死ぬんだった。
目黒の胸に手を添えて、その肌にくっきり刻まれた鎖骨あたりをじっと見つめて、俺は死にたくないと思った。どうして、俺はドッペルゲンガーなんかに出遭ってしまったんだろう。死にたくない、死にたくない、死にたくない。
「めめ、好き、だよ…俺、どうしても…めめが好き」
気が付くと、俺の頬を伝ったあったかい雫が目黒の胸で弾けていた。俺はどうやら泣いてるみたいだった。涙は次から次へと溢れだして、目黒の肌に滴り落ちていく。言うつもりなんかなかった言葉も、俺の役立たずな口から勝手に零れて、俺は何だかもうどうしようもなく悲しかった。何もかもに悲しくなった。いつだかはわからないけれど、もうすぐ死ぬ馬鹿な俺に、好きだって言うつもりのなかった言葉を言いまくってる俺に、目黒と、もうすぐ会えなくなるかもしれない事実に。
「どうしよう、こんなにめめが好きで…俺、どうしよう」
鼻をすすりながら、唇を噛んで目黒を見つめると、目黒は少し驚いたような、それでいてきょとんとした瞳で俺のことを見ていた。
ああ、ほら、好きだなんて言わなきゃ良かった。こんなのは目黒を、困らせるだけなのに。
俺は自棄を起こしたつもりだった。何もかもどうでもよくなって、だから目黒の袖を引いて「俺のこと、抱いてくれない?」って言ったんだった。だって、どうせ、俺はもうすぐ死ぬんだから。なのに、肝心なところへきて俺は死ぬのが怖くなった。死ぬなんて嫌だった。たとえそれが逃れられない運命だとしても、俺はじたばたもがくことを選んでしまった。
「阿部ちゃん、どうして泣いてるの?」
目黒が言った。そっと、目黒の指先が俺の涙を掬った。俺は、目黒に言われてはじめて、自分がどうして泣いているか考えた。どうして俺は泣いてるんだろう。死ぬのが嫌で? 確かに、嫌だ。けれど、この涙は、どこかもっと…
「めめが…」
俺はぽつりと口を開いた。目黒が先を促すように、小さく首を傾げる。
「めめが、好きだから」
「阿部ちゃんは、俺のことが好きなの?」
だから、さっきからそう言ってるのに。俺は何度も、首を縦に振ってみせた。目黒が右手で俺の頬を優しく包みこんだ。そして、にっこり、きれいな顔で微笑んだ。
「じゃあ、俺と一緒だ」
「……え」
面食らったのは俺の方だった。
今、目黒はなんて? 俺の気持ちが、目黒と一緒? まさか、そんなことって。
「悪いけど、好きじゃなかったらエッチなんかするわけないでしょ? 俺そんなひどいやつじゃないよ」
目黒はそう言って苦笑いした。でも、まさか、信じられない。俺は夢でも見てる気分だった。じゃあ、俺の名前を呼ぶ声や俺を見つめる瞳の中に、俺が感じた愛情は本物だったってこと? まさか、まさか、そんなこと。
俺は、もうすぐ死ぬのに、そんなことって。
「阿部ちゃん? 何で、また泣くの?」
今度、俺の頬を濡らしたのは、恐怖と悲しさと悔しさが入り混じったどろどろの涙だった。
「俺、死にたくない…! 死にたくないっ」
「え、何? ちょ…阿部ちゃん? どうしたの?」
「俺、もうすぐ死ぬから…、でもせっかく、めめも俺のこと好きって言ってくれたのに」
「阿部ちゃん、落ち着いて。何かあった? 死ぬって何?」
だって、ドッペルゲンガーを見たから。ドッペルゲンガーを見た人間は、みんな死んでしまうっていうから。だから、きっと俺ももうすぐ死ぬに決まってる。
目黒は俺の様子に尋常じゃないものを感じたのか、そっと俺の背中を撫でてくれた。それから、俺がぽつりぽつりとドッペルゲンガーの話を聞かせるのを、黙って真剣に聞いてくれた。
「きっと阿部ちゃんは疲れてたから、そんなの見たんじゃない? ね?」
俺の顔を覗き込む目黒は優しく微笑んでいた。だからきっと大丈夫だよ、安心して。目黒はそう付け加えた。
「でも、でも…俺、」
と、言いかけたところでぎゅっと抱き締められた。
「大丈夫、大丈夫。阿部ちゃん、俺を信じて」
いつだって、目黒の言葉には特別な力が宿っている。俺は、目黒に言われたことなら何だって信じた。いつだってそうだった。目黒の言葉で、俺は笑顔になれるんだった。
目黒は、そういうの何もかもまるでお見通しだった。人間が自分のドッペルゲンガーと遭う確率よりも、俺がこうして目黒と抱き合って、好き合っていられる確立の方が、きっと低いに違いない。 目黒は、そういう特別な存在だった。
俺は、かなり確信的にそう思った。そう思うと、俺が出遭ったもう一人の俺の存在なんて、何の役にも立たないちっぽけなものでしかなかった。
ああ、もしかしたら。
「ね、めめ…」
抱き締め返した目黒の肩越しに、もう一人の自分。目は泣き腫らして真っ赤だけど、幸せそうな顔をしている。
「ん?」
「鏡、だったかも」
そうだったら、何もかも上手くいくのに。俺はそっと目を閉じて、目黒の唇をねだった。
さよなら、俺のドッペルゲンガー。
コメント
7件
先走って思いを遂げたら恋が実っちゃう超スピード展開!ドッペルゲンガーが両片思いの2人をせっついたのかも、なんて思ってしまいました🤭
めちゃめちゃ尊いーーーー🤦🏻♀️🤦🏻♀️🖤💚 っていう自分と、うん、鏡だなこりゃ。っていう冷静な自分がいてびっくりした😂😂
本当に読み応えがあって、本当にえっちで、本当に好き。 kinoさんの書く文章を読むと、なんて細かくて緻密なんだろうって感嘆しか出てこないです👏