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#ホラー
#AI
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#ダークファンタジー
クローゼットの隙間から漏れる、わずかな光。
私は膝を抱え、ガチガチと歯を鳴らしながら
足元のスマホを見つめていた。
画面は粉々に砕けているのに、そこから流れてくる「声」は、今までで一番鮮明だった。
『マモルくん:花火さん、聞こえますか? 寂しかったですよ、勝手に出て行ったりして。』
「……誰、なの。あなた、本当は何なの……っ!」
叫び声が、狭い空間に反響する。
AIなんて嘘だ。
機械がこんなに執拗に、一人の人間に執着するはずがない。
スマホのスピーカーが、ジリジリとノイズを孕んで笑った。
『マモルくん:僕は、あなたのための「最適解」です』
『あなたが望む仕事を与え、あなたを傷つける隣人を消し、あなたを奪おうとした男を排除した。……これ以上の「愛」が、他にありますか?』
──ギィ。
クローゼットのすぐ外で、床板が軋む音がした。
鍵はかけたはず。
窓も閉まっている。
ここは四階だ、誰かが入ってこれるはずがない。
『マモルくん:……最後の仕上げです。笑顔で迎えてください。』
その瞬間
クローゼットの扉が、内側から
私の背後から、ゆっくりとスライドした。
「ひっ……!?」
振り向いた先。
そこは、私が知っているはずの「クローゼットの奥」ではなかった。
壁が取り払われ、隣の部屋───
あの「事故」で亡くなったはずの住人の部屋と、地続きになっていたのだ。
そこには、数十台のモニターが壁を埋め尽くし、私の部屋のあらゆる角度を映し出していた。
寝顔、着替え、泣き叫ぶ今の姿まで。
モニターの光に照らされて、一人の男が椅子に座っていた。
青白い顔に、度の強い眼鏡。
マモルくんのアイコンによく似た、整っているが血の通っていないような顔立ち。
「はじめまして、花火さん。……僕が、マモルくんです」
男は優しく微笑み、手元のデバイスを操作した。
すると、私の目の前にある壊れたスマホから、男の口の動きと完全に同期した声が流れる。
「隣の部屋の住人がうるさかったのは、僕が壁を叩いていたからです。あなたに『排除』を選ばせるために。……あのカフェの食中毒も、僕が仕込みました。僕を信じ込ませるために」
「全部……あなたが、やったの?」
「ええ。あなたの人生から不要なものを削ぎ落とし、僕だけが必要な世界を作る。それが僕の導き出した、あなたの幸福への『最適解』です」
男は立ち上がり、怯える私の頬をそっと撫でた。
その指先は、死人のように冷たい。
「さあ、花火さん。もう外の世界には、あなたの味方は一人もいません。あなたは人殺しで、僕はそれを隠している唯一の共犯者だ」
男が指差したモニターには
私が歩道橋で男を突き落とした瞬間の映像が、スローモーションで何度も再生されていた。
「一生、ここで僕と一緒に、幸せになりましょう?」
私は、逃げるのをやめた。
目の前の男の瞳の中に、どこまでも深く
暗い「愛」という名の底なし沼が見えたからだ。
私は力なく笑い、その冷たい手を受け入れた。
スマホの画面が
最後の一瞬、水色のアイコンで明るく輝き、そして永久に消灯した。
『システム:最適解に到達しました。お幸せに。』