テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
白山小梅
12
#借金
1,754
春香は自分の部屋の真ん中に立っていた。窓の外は暗く、なぜか部屋の明かりも消えている。
嫌な予感しかしなかった。
その時部屋の扉を何度も叩く音がして、春香は恐怖に震え始める。いつまでもドアを叩く音は止まず、立ちすくむ春香の方を誰かが掴んだのだ。
恐る恐る振り返ろうとした春香の耳元で、
『捕まえた』
という町村の声がし、春香は悲鳴をあげて目を覚ました。
気付けばスマホのアラームがなっており、冷や汗を拭いながら呼吸を整える。
やはりそんな簡単に記憶は消えてはくれない。ただ隣で眠る瑠維の姿を確認しただけで、気持ちが落ち着くのを感じた。
珍しく瑠維はまだ眠ったままだった。彼の顔を見ると愛しい気持ちが溢れそうになって、起こさないようにそっとキスをした。
この一ヶ月くらいは怒涛の早さで過ぎていった。町村のことで悩んで、その人がストーカーになって、春香の家に侵入した上で現行犯逮捕された。
しかし何よりも大きな変化は瑠維とのことだった。ただの高校時代の先輩後輩だったのに、ストーカーから守ってくれて、お互いに好きだってことがわかってーーついには体の関係まで結んでしまった。
昨夜のことを思い返すだけで頬が熱くなり、体の奥がキュンとする。想い合う人とのセックスはやはり気持ちが違っていた。痛いかもという不安は|過《よぎ》るのに、それよりも繋がりたい欲が勝ってしまう。
今すぐ起きてくれないかな……身支度をするギリギリの時間までイチャイチャしたいなんて言ったら嫌がられるかしら。
これから仕事なのにーー煩悩を追い出すように
頭を大きく横に振る。自分がこんなに性欲が強いなんて思っていなかった。むしろしなくたって生きていけるとすら思っていたから。
静かに寝室を出るとすぐに洗面所に向かい、それから浴室に入ってシャワーを浴びる。
体に残る瑠維の跡が消えてしまうような切なさを感じながらも、今日やるべきことを考えてその感覚を打ち消していく。
まずは店長に一昨日の夜のことを説明しよう。それにあの男が逮捕されたからと言っても、同じ場所に留まり続けることにはやはり恐怖があるから、異動願を出すことを伝えよう。
シャワーを止め、浴室から出て着替えをしていると、リビングの方からいい香りが漂ってきた。
起こしてしまったかもしれない罪悪感を感じながら、瑠維が起きてご飯を作ってくれていると思う嬉しさ。そして一番正直なお腹は悲鳴をあげた。
よく考えてみれば夕食を食べ忘れたのに、運動だけはたくさんしてしまったわけだから、お腹が空くのは当然かもしれない。
身支度を整えた春香がリビングに入っていくと、昨日とは打って変わり、お盆に並べられた和定食がカウンターに置かれていた。
「おはよう、瑠維くん。すごく美味しそうなんだけど、もしかして起こしちゃった?」
「おはようございます。いえ、普段の起床時間だったので」
Tシャツにスウェット、メガネをかけた瑠維の声が、心なしか穏やかに感じ取れたのは春香の勘違いだろうか。
ソファにカバンと上着を置いた春香は、とりあえずお腹を満たそうと椅子に座る。瑠維は急須に茶葉を入れ、温かいお茶をマグカップに注いでいるところだった。
「朝からお茶がいただけるなんて……。でも急須が家にあるなんてびっくり」
「湯呑みはないんですけどね」
マグカップを春香の前に置き、キッチンを回ってカウンター側にやってきた瑠維は、背後から春香を抱きしめた。
「ようやく春香さんと結ばれたのに、朝起きたら隣にいなくて少し寂しかったです」
「えっ⁈ あっ、ごめんね! ほら、いろいろ疲れちゃったかなぁと思って、起こさないように出てきたの」
「……疲れてなんていませんよ。お望みなら今からでも動けますけど」
瑠維の手が春香の胸まで下りていくと、指先を動かし始めた。昨夜のことで春香の体は少し敏感になっているようで、思わず甘い声が漏れそうになる。
「だ、ダメダメ! だってこれから仕事だし……帰ってから……ね?」
「わかりました。《《帰ったら》》ですね」
これは完全に帰ったらそういうことになりそうだ。そう考えるだけで頬が熱くなる。
瑠維は名残惜しそうに手を離すと、隣の席へと座った。
「……瑠維くんって、その、あんまりそういうことに興味ないのかなって勝手に思ってた」
「まぁ普段はそこまで興味はないですよ。むしろ一生しなくても生きていけると思っていましたから。でもやっぱり好きな人が相手では欲望を抑えられないことがわかりました」
そう言ってから味噌汁を啜る。それがおいしそうに見え、春香もお椀を手に取ると味噌汁を口にした。
「あぁ美味しい……」
お腹と心に温かさが染み渡るのを感じながら、春香は今の言葉を頭で復唱しながら首を傾げた。
「ん? 今一生って言った?」
「えぇ、言いましたよ。僕のモノがちゃんと機能するんだっていうことを初めて実感出来たので良かったです」
「えっ⁈ 昨日が初めてってこと⁈ 初めてであんなにテクニシャンなの⁈」
「当たり前ですよ。僕は春香以外を好きになったことはないと言ったじゃないですか。まぁ知識でいろいろ頭に入っていただけですが、そう思っていただけたのなら嬉しいですね」
瑠維くんも初めてだったーーそれをなんでもないことのように話してしまう瑠維が素敵だと思った。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!