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医療費支払いや処方箋番号が響くロビー。白い壁には手すり棒が設置され、全面ガラス張りの中庭にはイングリッシュガーデンの小屋が建っていた。赤茶の瓦屋根、古びた木戸、黄色い薔薇の蔦、可愛らしい小花や青いハーブが風にそよいでいる。
「085番、叶さん、叶睡蓮さん」
「はい」
呼び出し番号の紙を握っていたのは黒いワンピースを着て髪をハーフアップに緩く纏めた睡蓮だ。扉を三回ノックすると、柔らかく包み込むような男性の声が診察室へと招き入れた。
「失礼します」
「いらっしゃいませ」
「先生、患者にいらっしゃいませは可笑しいですよ」
「そうですね」
銀縁眼鏡に自然なウェーブ、睡蓮とよく似た薄茶の髪、白衣に揺れるネームタグには呼吸器内科医師、田上伊月と印刷されていた。叶家に長年支える田上さんの孫だ。
「一昨日、発作があったそうですね。お母さまから連絡がありました」
「いやだ、お母さんったら」
「発作を起こす前になにかありましたか」
「雨に濡れて…………少し走りました」
「雨ですか」
「子どもみたいですね」
「いいえ、そんな事はありませんが喘息は拗らせると長引きますから無茶はしないで下さいね」
「はい」
問診を行いながら伊月はパソコンに睡蓮の体調を打ち込み始めた。
「日常生活でなにか変わった事はありましたか」
「私…………お見合いをしました」
「お見合い」
伊月の指先が止まった。
「どうかしましたか」
「え…………いえ。その縁談は進んでいるんですか」
「このまま上手く進めば纏まると思います」
伊月は聴診器を取り出すと睡蓮のワンピース越しの胸部にそっと押し付けた。
「良い方ですか」
「はい、活動的でしっかりした方です」
「睡蓮さんとは正反対ですね」
「そうですね」
ゆっくりと波打つ鼓動、肌の温もり。
「はい、吸って下さい、止めて、はい、吐いて」
伊月は睡蓮の肺に多少の異音を感じた。
「少し肺機能が弱いかも知れません。呼吸機能検査と血液検査も行っておきましょう」
「はい」
「ネフライザーは二本処方しますので二週間後、再診という事で予約を取っておきます。今日と同じ10:30で良いですか」
「お願いします」
伊月は椅子から立ち上がった睡蓮の顔を覗き込んだ。
「精神的ストレスも喘息を悪化させます、あまり緊張しないように」
「……………ストレス」
「木蓮さんに相談してみては如何ですか」
睡蓮の表情が固まった。
「どうかされましたか」
「いいえ」
「それではまた二週間後に、お大事に」
「先生は日曜日に木蓮と会うんですよね」
「あ……….お聞きになられましたか」
木蓮の見合い相手は睡蓮の主治医、金沢大学病院呼吸器内科医師、田上 伊月(32歳)だった。