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 睡蓮が作った献立はロールキャベツ、その次はビーフシチュー、またその次は金沢郷土料理の治部煮とレパートリーに富んでいた。


「睡蓮さんは和食もお上手なのね!」

「お手伝いの方に教わりました」


 治部煮は鶏肉ではなく本格的に鴨肉、山葵も和田家のキッチンを借りて鮫皮で擦りおろし、その丁寧な仕事振りに雅樹の母親は感動した。


「こりゃあ、美味い!」

「美味しいわね、ね、雅樹さん」

「美味い」

「………..良かった」


 雅樹と睡蓮、雅樹の両親の四人で食卓を囲み、不本意にも美味い睡蓮の手料理に雅樹は舌鼓を打った。


(家族団欒………..新婚夫婦かよ!)


 しかも美咲は睡蓮を親戚が集まる茶会に招き、抹茶を点てさせたという。


「礼儀作法もしっかりしていて、鼻高々だったわ」

「……….そうかよ」

「点てたお抹茶もきめ細かな泡で美味しかったわ」

「………そうかよ」


(もう、結婚一直線てやつじゃねぇか)


 木蓮とは夕暮れの公園で会い、それ以来顔も見ていない。その間も睡蓮との縁談は纏まりつつあり両家では結納の話題が持ち上がっているようだ。




日曜日

 睡蓮は雅樹の運転する車で白川郷の合掌造りを見に行く事となった。遠出をした事がない睡蓮は大層喜び、サンドイッチと唐揚げをバスケットに詰めた。


「睡蓮はご機嫌ね」

「サンドイッチは父さんの分はないのかい?」

「ちゃんとここにあるわ、ベーコンレタスサンド、お母さんにはチーズトマトサンド、木蓮は」


睡蓮は機嫌よく周囲を見渡した。


「木蓮は出掛けたぞ」

「あぁ、お見合いね?」

「そんな堅苦しいもんじゃないけれどな」


「じゃあ、行って来ます!」


 雅樹と睡蓮はいつものレンガだたみの坂で待ち合わせした。振り向くと父親が手を振り母親が深々とお辞儀をしていた。


「やだ、恥ずかしい!」


 雅樹は運転席から降り、会釈した。


「もう、子どもじゃないのに」

「睡蓮さんの事が心配なんだよ」


 この頃になると二人の会話も弾むようになっていた。然し乍ら、流れる新緑の車窓を嬉しそうに眺める睡蓮の微笑みを見る度に雅樹は木蓮の事を思い出した。車のダッシュボードの中には深紅の指輪が転がっている。


「あ、睡蓮さん。ダッシュボードに地図があるから出して」

「ナビゲーションは使わないんですか」

「旧道に綺麗な滝があるんだよ」

「分かりました」


 睡蓮の指先がダッシュボードの取手に掛かった瞬間、雅樹は深紅の指輪を入れたままにしていた事を思い出した。


「あっ!やっぱり新道で行こう」


 遅かった。


「…………..これ、木蓮の」


 ダッシュボードの中で光る深紅の指輪。


for mokuren masaki


「………….いつ、いつ木蓮と会ったんですか」

「これはもう返すからって言われて」


 革のハンドルを握る手に汗が滲んだ。睡蓮からこれまでと違う刺々しいものを感じてその顔を見る事が怖かった。


「………いつ返してもらったんですか」

「いつだったかな」

「………..何処で会ったんですか」

「何処だったかな、会社のロビーだったかな」

「………誤魔化さないで」


 そして雅樹は言葉を失った。


「木蓮、今日お見合いをしているんです」


 前を走る車のテールランプが点った。交通渋滞の列で雅樹と睡蓮は動けなくなってしまった。


 一般的な珈琲の香りと油臭が漂う店内。奥の席では小学生が任天堂のゲーム機を振り回して遊び、隣の席では高校生が気怠げにテーブルに肘を突きながらあの子が可愛いだの、別れただのと青春を謳歌している。


ピコーンピコーンピコーン


「テーブル席10番のお客さま!10番のお客さまご用意が出来ました!10番のお客さまー!」

「あ、うちらじゃん」

「本当だ」


 脚を組んでいたカーゴパンツが立ち上がり注文カウンターからトレーを二枚運んで来た。


「はい、どうぞ」

「ありがとうって、ポテトのLサイズはあんたでしょ!」


 テーブルのラミネートされたオーダー表を窓際に立て掛け、トレーを受け取った女性が文句を言いつつ口元を尖らせた。


「芋は芋だと思いますが、五本、六本で細かい事は言わない」


 ビッグマック

 フィレオフィッシュ

 ポテトのLサイズ

 アイスコーヒー


 トレーに其れ等を乱雑に置いたのはカーキのシャツに白いカーゴパンツの伊月。


「なに、なんなら数えてみる?」


 ビッグマック

 チーズバーガー

 ポテトのMサイズ

 アイスティー


 トレーに其れ等を整然と並べたのは黒いワンピースを着た木蓮だった。


「意外と細かいですね」

「意外と繊細なのよ」


 伊月が木蓮の上半身をまじまじと見た。


「なによ」

「いや、珍しい格好だな…………と思って」

「見ないでよ」


 木蓮が丸襟にピコフリル、前身頃とスカートの裾にピンタックが施された装いを強要された理由は、この時間が一応見合いの席だからだ。然し乍らその脚は組んで脹脛が丸見えだった。


「木蓮………その脚はどうにかなりませんか」

「この方が楽だわ」

「そうですか………同じワンピースでも大違いですね」

「あぁ、睡蓮」

「はい」

「…………あんた睡蓮の事は気に入ってるもんね」


ブホッ


 睡蓮と木蓮、そして伊月は7歳違いの幼馴染だ。伊月がお手伝いの田上さんと叶家に遊びに来たのが10歳、睡蓮と木蓮は3歳と悪戯盛りだった。


「幼馴染との見合いってウチの親はお馬鹿さんなの!?」

「…………確かに」

「あんた私の背中にヤモリ入れたわよね!」

「そう言う木蓮も私のスニーカーに木工用ボンド入れましたよね」

「確かに入れたわね」

「あれ、高かったんですよ」


 二人でズズズとストローを啜った。


「………….で、私と伊月は結婚するの」

「まさか!」

「即答なのね」

「木蓮はしたいんですか」

「まさか!」


 バリバリと包みを開けてビックマックにかぶり付くと木蓮の口元にケチャップがはみ出した。伊月がそれを指先で拭う。この場面だけ見れば恋人同士に見える。


「あんた、今、私の事を睡蓮だと思ったでしょう」

「……………」

「睡蓮に告白しちゃえば良かったのに」

「まさか見合いをするなんて思ってもみませんでしたから」


 口からポテトを三本垂らした木蓮がニヤニヤと笑った。


「トンビに油揚げに掻っ攫われたわね」

「本当にそうです」

「グズグズしてるからよ」

「………….はい」


 伊月はテーブルに落としていた視線を上げた。


「……….好きです!結婚してください!」

「ゲロゲロ」

「……….言えば良かった」

「今ならまだ間に合うわよ、結納も未だだし」

「まさか!叔父さんたちに背くことなんて出来ません」

「時代劇か!」


 そう冗談を言いつつも「こいつが睡蓮に告白してどかーんと事態が変わらないものか」頼りなさげな銀縁眼鏡を眺めた木蓮はチーズバーガーのピクルスを唇に挟んだ。


 白川郷の片隅、二人は木のベンチに腰掛け睡蓮お手製のバスケットを開いた。ところが深紅の指輪は睡蓮の心に黒いインクを落とし、沈んだ表情はいつになっても暗いままだった。


「サンドイッチ………美味しいよ」

「ありがとうございます」

「唐揚げも自分で揚げたの」

「………..はい」


 睡蓮は目も合わせない。


「竜田揚げ………好きなんだ」

「はい」

「睡蓮さん……..どうかしましたか」

「はい」


 拗ねた素振りの睡蓮に雅樹は手を焼いた。


「五平餅は食べなくて良いんですか」

「食べません」

「………そうですか」


 確かに睡蓮の目に付く可能性がある場所に木蓮へ贈った指輪を入れておいた事については配慮に欠けていた。


(けれどなんでここ迄、この子に気を遣う必要があるんだ)


 まだ結納を交わしてもいない睡蓮に振り回される事に雅樹は辟易した。


(………….疲れる)


 両家、両親は雅樹が睡蓮を妻として迎えると信じて疑わない。睡蓮自身もそれを強く希望している。


(分かっている、和田家の為の政略結婚だ。それは分かっている)


 然し乍ら、睡蓮の気質や気性が雅樹の肌に合わないと日に日に強く感じる様になっていた。


(このままこの子と結婚しても上手く行く筈がない)

「睡蓮さん」

「はい」

「渋滞する前に帰りましょうか」

「はい」


 睡蓮はサンドイッチに手を付けなかった。その半分以上が無駄になってしまったバスケットの蓋を閉める瞬間、雅樹はこの1日がなんであったのかと虚しくなった。


「夕焼けが綺麗ですね」

「はい」


 睡蓮は海岸線を見る事もなく力無く答えた。


(………….息が詰まる)


 雅樹はアクセルを力強く踏み、高速道路を一路金沢市へと向かった。


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