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立ちふさがるガルムにイーリスは何も出来ない。退いてくれと頼んでも、彼は意地でもそこから動く気がない。そんなやり取りの間にも、イルネスはいまだクレイとディオナを同時に相手して傷ついている。どれだけ魔王としての器であっても、相手の強さはそれを上回ってくるのだ。このままでは死んでしまう、と説得を試みた。
しかし、ガルムは石像の如く立ちふさがったまま。
『今は耐えろ、大賢者なしにクレイを倒すには、お前の力が必要だ。少しでも我らでヤツの力を削るまで、しばらく待て!』
杖が折れるのではないかと思うほど強く握りしめ、ガルムの言葉を殴りつけるようにイーリスは叫んだ。
「できるわけがないだろ! ボクは戦うためにここへ来た。敵を倒すためだからといって指をくわえて見てるような行為、ヒルデガルドなら絶対にしないはずだ。共に戦って、共に生き残る道を選ぶ! 退かないと言うのなら通るまで!」
その直後、イーリスの身体は雷光に包まれ、一瞬でガルムの傍を通り抜けた。彼も、魔塔の魔導師たちも、ぎょっとする。
『馬鹿な、この俺が捉えられんだと!?』
彼女の強さは既にヒルデガルドを追うまで来ている。大魔導師などとは呼べず、今や、さらに上。過去に魔塔を担ってきた幾人もの賢者たちに肩を並べた。
「おやおや、戻って来てくれるとはありがたいね。わざわざ死にに来てくれるだなんて、手間が省けて助かるよ」
「ボクは誰も死なせないつもりで来ただけだ」
隣で肩を突き合わせたイルネスがため息をつく。
「面倒なところまでヒルデガルドに似てしもうたな」
「でも嫌いじゃないでしょ?」
「ま、悪くはない。ぬしのほうがもう強いからのう」
伸びてきた鞭を腕に絡めて引っ張ったイルネスが、大きく振り回してディオナを離れた場所へ誘導する。「奴を先に片付ける、ぬしはとにかく耐えよ!」と指示を残して地面を蹴り、周囲を巻き込むまいと戦場から大きく離れた。
「行っちゃったなあ。二人で戦えば良かったのに」
「これでいいんだよ。君の相手はボクで十分だ」
クレイは不機嫌に眉をひそめた。
「気に入らないな。その言葉も、雰囲気も、立ち姿も……ヒルデガルドにそっくりで虫唾が走る。俺の世界にお前は要らないんだよ、イーリス・ローゼンフェルト! まがい物はここで大人しく、くたばっていろ!」
最初のようにはいかない、と覚悟を決めて弾き返す態勢に入ったイーリスの前に、空から槍が振ってくる。
「簡単にはいくと思うなよ、大英雄殿」
救援に割って入ったのはアーネストだった。彼は槍を引き抜き、イーリスの盾となるように、クレイに立ちはだかった。
「プリスコット卿、来てくれたんだ!」
「ああ、魔塔の連中が手伝ってくれてな!」
戦わないことを選んだ魔導師たちは、せめて少しでも役に立てるように、と戦場に向かいたい気持ちを抑えている騎士団の面々に『自分たちが先導する』と申し出て、アーネストを初めとする猛者たちが駆けつけたのだ。
「既に傷だらけの者たちも多いだろう、部下には救助を優先するよう指示も出してある! 見れば、向こうじゃあプラチナランクのパーティが次々と魔物共を殲滅してくれているから、俺たちはこっちに集中すればいい!」
「おっけー! じゃあボクたちも頑張ろうか!」
対するは大英雄。クレイ・アルニム。だが怖くはなかった。イーリス・ローゼンフェルトとアーネスト・プリスコットは、その背に大賢者の意志を背負って立ち向かう。たとえ相手がどれほど強くとも。
「小賢しい奴らだ! ヒルデガルドがいなければ何もできないような、弱っちい虫ケラ風情が、俺に勝てると思ってるのか!?」
力任せではない。荒々しく見えるが正確な剣捌きをクレイはみせる。アーネストはそれに食らいついていく。ほんのわずかな隙と思えば、容赦なくイーリスの援護が入った。状況は五分、いや、あるいは優勢とも言えた。
単純な実力だけならばクレイが圧倒的だろう。しかし、イーリスとアーネストは、ともにヒルデガルドを慕い、その背を追って、鍛錬を積んできた。だから、自然と息が合う。ヒルデガルドならばどうするか、それを二人が感じ取りながら、力を合わせている。初めての共闘でも、彼らは誰より無敵のコンビとなっていた。
「くそっ、鬱陶しいな! よくもまあ、たかが普通の人間の分際で、そこまで腕を磨いたもんだ。流石に驚いたよ、その強さを認めてやる。このままなら俺のほうが、いくらか劣勢だ。それは間違いない。……だけどな」
背後の戦況を見て、ため息が漏れた。せっかく用意した魔物の軍勢も、その数を大きく減らしている。冒険者たちに加え、魔塔から来た大魔導師たちの手によって、主戦力として構えていたロード級の魔物たちも瞬く間に蹴散らされ、ドラゴンロードであるベルム、ガルムの二体がいれば、やがて全滅するのは火を見るより明らかだ。
彼はいったん打ち合うのをやめて数歩離れて──。
「そろそろ仕留めさせてもらう。お前らが俺の想像をはるかに上回ったことへの敬意とでも捉えろ。そして願わくば──ここで死んでくれ。耐えてくれるなよ」
その手に逆さに握った剣を、地面に突き立てた。柄にはまった小さな碧い宝玉が、魔力を注がれると強い輝きを放ち始める。
「っ!? プリスコット卿、こっちへ急いで!」
注がれた魔力が凝縮された巨大なものだとイーリスは肌で感じ取った。その威力がどれほど危険かは察するにあまりある。杖の石突で地面を叩き、すうっと息を深く吸い込む。下がって来たアーネストが自分の背後に回った瞬間、すべてを吐き出す勢いで魔力を放出して分厚い結界を張った。
「そんな結界で防ぎきれると思うなよ。──《雷霆の裁き《ケラウノス》》」
剣から放たれた、地面を伝う雷撃。まさしく災害とも呼べる閃光が大地を駆け、結界を容易く打ち砕き、勢いをそのままに首都さえも半壊させてみせた。
その衝撃と、現実を疑う光景には、戦っていた全ての者が──操られている魔物たちでさえも──唖然と固まった。その技こそが、イルネス・ヴァーミリオンにトドメを刺した、彼の最強の一撃なのだ。
「……消し飛んだ、いや、気配が残ってるな。今のを喰らって吹き飛んだだけで済むとは……。あの結界ではとても耐えきれるものじゃなかったはずだけど」
剣を引き抜き、彼は悠々と破壊した首都へ足を踏み入れる。イーリス・ローゼンフェルトを始末するために。
「──ッ! なんだ!?」
突然、空から閃光が差す。眩しさに腕で光を遮り、顰め面に見ていると、彼の正面に閃光が振り、石畳を砕いて降りた大きな白い毛並みが逆立った。巨大な口を開き、ぎろりと並ぶ鋭い牙。閃光がおさまり、それは言った。
『易々と通れると思うなよ、クレイ。この白狼のシャロム、ヒルデガルドの友として馳せ参じた。敵わずとも時間稼ぎくらいはさせてもらうぞ』