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第103話:招かれざる客。迷惑系配信者、襲来
ドバイの石油王から送りつけられた『純金製の超精密浄水プラント』は、今日も無音で完璧な仕事を行っていた。
特大UVカットタープの下に広がるビニールプールは、透き通るような絶対純水で満たされ、水面に揺れる黄金の煌めきが、十勝の厳しい猛暑を極上の涼へと変えている。
『ミャーウ……(極楽ね……)』
シロは今日も重力を無視して水面から数センチ浮き上がり、ぷかぷかとアヒルのように漂っている。
「コンッ!」「キュンッ!」
キタキツネの兄弟、コン吉とコン次郎もすっかり水に慣れ、プールサイドから短い足で器用に飛び込んでは、犬かきでシロの周りをぐるぐると泳ぎ回っていた。
「あははっ! 二匹とも上手上手!」
縁側に座る小春ちゃんが、楽しそうに麦茶を飲みながらモフモフたちの水遊びを眺めている。
ジンバルに固定された俺のiPhone miniの画面では、一千万人のリスナーたちがこの平和すぎる光景に癒され、チャット欄には世界中からハートマークの絵文字が滝のように流れていた。
俺は自作の竹製サマーベッドに腰掛け、いつも通りの、そして最高にブレない昼食の準備を整えていた。
氷水でキリッと締めた『冷やし玄米』と、地元農家の規格外野菜をふんだんに使った『大豆ミートの黒酢あんかけ』だ。
大豆のタンパク質と黒酢のクエン酸が、夏バテの体に染み渡る完璧なロジスティクス(栄養補給)である。
「……いただきます」
俺が冷たい玄米を口に運び、その素朴で力強い甘みを噛み締めていた、まさにその瞬間だった。
『ウェーイ! 皆さんこんにちはー! 今日はネットでバズりまくってる「ヤラセCG猫」の撮影現場に、アポなしで凸撃しに来ましたー!』
限界集落の、鼓膜を震わせるような静寂。
それを暴力的に切り裂く、下品で甲高い声と、無遠慮な足音が庭の入り口から響き渡った。
「……なんだ?」
俺が箸を止めると、派手なブランド物のTシャツを着て、自撮り棒にスマホを固定した金髪の若い男が、ズカズカと敷地内へと足を踏み入れてくるところだった。
足元を全く気にしていないその男の靴底によって、小春ちゃんが丹精込めて育てていた庭先のクローバーが、無残にも踏み荒らされていく。
「おっ! いたいた! あれが噂のCG猫だろ!? すげー、どうやってんのこれ! ワイヤー? それともプロジェクションマッピング!?」
男は俺たちの存在など完全に無視し、自撮り棒をプールで浮かぶシロの顔のド真ん前へと突き出した。
『シャァァァァッ!!』
突然の不躾なレンズの接近に、シロが全身の毛を逆立てて威嚇する。
「キュゥゥ……ッ!」
コン吉とコン次郎も怯えてプールの隅へと縮こまり、震え始めた。
「ちょっと!! あなた誰ですか!!」
小春ちゃんが血相を変えて立ち上がり、男の前に立ちはだかった。
「ここは私有地です! 入り口に『関係者以外立ち入り禁止』って看板が出ていたはずですよね!? 今すぐ出て行ってください!」
「はぁ? 何マジギレしてんの? 田舎の廃村なんて誰の土地でもないっしょ。動画回してるんだから邪魔すんなって。お前、ヤラセ配信のサクラだろ?」
男はヘラヘラと薄ら笑いを浮かべながら、小春ちゃんを小突いて押しのけようとした。
その瞬間。
俺の脳内で、元・陸上自衛隊『需品科』として培ってきた防衛・制圧のための演算が弾き出された。
相手は武器を持たない民間人。だが、聖域を荒らし、俺の仲間を脅かす明確な『敵性存在』だ。
合法かつ物理的に、再起不能なレベルで排除する。
俺がサマーベッドから立ち上がり、冷やし玄米の入った茶碗を静かに置いた、その時だった。
『……ピピピッ!』
頭上の大空から、鋭い鳴き声が降ってきた。
俺たちが動くより早く。
この聖域を、シロを、そして俺たちのバグった日常を愛する『大自然の防衛システム』が、自動的にスクランブル発進を完了していたのだ。
「うおっ!? な、なんだこいつら!?」
男が悲鳴を上げて自撮り棒を振り回す。
上空から猛烈なスピードで急降下してきたのは、身軽な夏毛(サマー)仕様へと換装した小さな妖精——『シマエナガ空挺部隊』の群れだった。
普段はシロのマイナスイオンのおこぼれを貰うために木の上で大人しくしている彼らが、今や完全に『戦闘機』と化して、デルタ陣形で男の頭上へと突撃していく。
『ピピピピッ!!(不審者発見! 排除、排除!!)』
「痛っ! くそっ、なんだこの鳥! 俺のグッチのTシャツが! 痛ぇ、髪の毛引っ張るな!!」
数十羽のシマエナガたちが、男の金髪を嘴で猛烈に引っ張り、自撮り棒のカメラレンズに小さなお腹を押し付けて視界を完全にブラックアウトさせる。
さらに、驚いた男が後ずさった足元に、見事な連携プレイでコン吉とコン次郎が飛び出し、ホースの水を『バシャァッ!』と男の足元に撥ね飛ばした。
「うわあああっ!? 冷たっ! 泥水がっ……くそっ、クソ鳥どもめ! 覚えてろよ! お前らのヤラセ、絶対にネットで暴いて炎上させてやるからな!!」
完全にパニックに陥った男は、泥だらけになったブランド靴を滑らせながら、無様な悲鳴を上げて逃げ帰っていった。
遠ざかる車のエンジン音を聞きながら、俺は感心したように息を吐いた。
「……見事な制空権の確保だ。第十一シマエナガ空挺飛行隊、鮮やかな迎撃だったな」
「お兄さん! 感心してる場合じゃないですよ! なんですかあいつ! 腹立つー!!」
小春ちゃんがプンプンと怒りながら、男が踏み荒らした庭の入り口を睨みつけている。
そして、ジンバルに固定された配信のチャット欄は、別の意味で『大炎上』の臨界点を突破していた。
『おい。なんだ今の無礼な猿は』
『シロ様とキツネ兄弟を脅かすとか、万死に値するぞ』
『誰かあいつのチャンネル名特定しろ。徹底的に潰す』
『(ドバイの石油王からの¥50,000MeTubeギフト)=”UNFORGIVABLE! How dare that trash step into Shiro’s sanctuary! I’m buying his agency right now to fire him!“(許せん! あのゴミめ、シロの聖域に足を踏み入れるとは! 今すぐ奴の所属事務所を買収してクビにしてやる!)』
『(スイスの銀行家からの¥50,000MeTubeギフト)=”I have already identified his IP address and financial accounts. Commencing complete economic freeze.“(既に彼のIPアドレスと金融口座は特定した。完全なる経済凍結を開始する。)』
世界中の一千万人のリスナーと、国家規模の財力を持つVIPたちが、画面の向こうで本気の『殺意』を滾らせているのが手に取るようにわかった。
「ちょ、ちょっとお兄さん! チャット欄が大変なことになってます! 石油王さんたちが、あのアポなし配信者さんの会社を買収するって……!」
小春ちゃんが青ざめた顔でスマホを指差す。
俺は、キリッとした真顔でカメラの前に立ち、極めてフラットなトーンで言い放った。
「……皆さま、落ち着いてください」
『出たwwww』
『主の限界言い訳タイム、まさかの対・迷惑系配信者編ww』
『さあ、この怒り狂う世界をどうやって宥める気だ!!』
「先ほどの野生の鳥の行動は、決して彼を攻撃したわけではありません。シマエナガは非常に好奇心旺盛な鳥であり、彼が着ていた原色の派手な服を『巨大な花』だと勘違いして蜜を吸いに来ただけです。ええ、ただの自然の摂理と、北海道の豊かな生態系が引き起こした『心温まるハプニング』ですね」
「無理があるにも程がありますよぉぉぉ!!!」
小春ちゃんが、俺の背中に愛ある物理ツッコミを入れた。
「どう見てもガチの連携プレイで迎撃してたじゃないですか! シロちゃんとコン吉くんたちを守るために、シマエナガちゃんたちが怒ってくれたんでしょうが!!」
『小春ちゃんのツッコミ、今日も冴え渡ってるww』
『巨大な花(金髪の迷惑系MeTuber)』
『心温まるハプニング(空挺部隊による完全制圧)』
『適応力バグおじさん、ついにシマエナガの生態系すら歪める』
俺の理不尽すぎる言い訳と小春ちゃんのツッコミによって、暴動寸前だったチャット欄は一気に爆笑の渦へと変わった。
『ミャウ♪(私の兵隊たち、優秀でしょ)』
水上のシロが、神秘的な『オッドアイ』の瞳――左目のサファイアブルーと右目の琥珀色――を細め、誇らしげに喉を鳴らしてシマエナガたちを見上げる。
「まぁ、結果的に俺が手を下すまでもなかったな。自然の守りは強固だ」
俺は再びサマーベッドに腰を下ろし、冷やし玄米の入った茶碗を手に取った。
大豆ミートの黒酢あんかけを一口齧る。うん、美味い。
男が捨て台詞で吐いていった「炎上させてやる」という言葉など、俺の脳内からはすでに消え去っていた。
なにせ、彼がネットで何を叫ぼうが、数時間後にはスイスの銀行家とドバイの石油王の手によって、彼が生きる『社会の土台』そのものが物理的(カネ)に消滅しているのだから。
「さて、小春ちゃん。午後からは俺も需品科の腕を活かして、防犯用のトラップでも庭の境界に仕掛けておくか」
「トラップって……お兄さん、また自衛隊のヤバい知識使おうとしてませんか!?」
世界中のVIPによる水面下の『超絶報復(ざまぁ)オペレーション』が発動していることなど露知らず。
俺たちの平和でバグった限界スローライフは、大自然の防衛力によって、今日も完璧に守り抜かれるのだった。
#現代ドラマ
ゆうき あきや
4,036
259
#心理描写重視
コメント
1件
うわ、まさかシマエナガたちが迎撃部隊になってるとは思わなかった(笑)。あの迷惑系配信者が踏み荒らすところからシロとコン兄弟を守る連携プレイは爽快だったな。しかも小春ちゃんがキレる前に鳥が先制攻撃ってのがこの世界らしい。「巨大な花と勘違いしただけ」って言い訳もバグってて笑った。ドバイの石油王が会社買収し始めたのには吹いたわ。設定の妙が冴えてる回だったね。