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#追放
ぬいぬい
4
「君を愛している」
生まれて初めて愛の告白を受けた私は稲妻でも落とされたかのような衝撃を受けた。胸の奥がカーッと熱くなり、頬も、熱を帯びるのを感じた。
でも、結果的に私は頬をプーッと膨らませながら愛の告白をしてきた相手にそっぽを向いてむくれていた。
あれから小一時間、私とシディは馬車に揺られながら会話がなかった。というか、一生懸命に話しかけて来るシディを私が完全に無視しているだけだったけれども。
「何をそんなに怒っているのだ?」
シディは呆れた口調でそう言ってきたけれども、私が怒るのは当然のこと。
あの時、シディは愛の言葉を囁きながら私を自分の胸に抱き寄せた。
そこまでは完璧だった。10年前はただの男の子だったシディは今や大人になりその美貌と佇まいはとても紳士的で素敵だった。そんな彼に愛の言葉を囁かれては一瞬で恋に落ちるのは必然だったろう。
ただし、その後でデリカシーの無い一言さえなければ、である。
「カルミア、何だか少し匂うな? ハハッ! これは愉快だ。先日討伐した魔獣と同じ匂いがしているぞ。実に化け物女らしくて良いじゃないか」
そう言って彼は笑い飛ばしたのだ。
恋に落ちかけていた私は一瞬で我に返り、やっぱりシディは10年前の悪ガキのまんまで、私をからかっていただけだということに気付いたのだ。
そもそも、彼の言う愛している、というのは家族愛や友情の類なのだろう。それこそ10年前、私達はたった一月の間だけだったけれども、確かに家族として幸せに暮らしていたのだから。
「本当に貴方は悪ガキのシディ坊やのままなのね? レディーに対して体臭に関して言及するなんて、失礼にも程があるわよ⁉」
私は本当にカチンと来て、それこそ怒りの精霊フューリーに憑りつかれる寸前まで頭に血が上っていた。
呪物聖女や化け物女と呼ばれるのはまだ耐えられるけれども、乙女の尊厳を踏みにじられることだけは我慢ならなかった。
「私の名誉の為に一つだけ訂正させてもらいますけれどもね、この匂いは私の体臭じゃなくって、棺を埋め尽くしていた黒百合の匂いが移っただけ! そもそもあの時、私の首をはねて死を偽装して棺に私を匿うまでは理解出来るけれども、わざわざこんなにも独特な香りをする黒百合を棺が埋め尽くされるまで入れる必要はあったの⁉」
白百合は甘く濃厚で華やかな香りであるのに対して黒百合はその真逆。簡単に言ってしまえば腐敗臭だったり乾いた雑巾のような香りがするのだ。
そんな悪臭を放つ黒百合で埋め尽くされた狭い棺の中に私は丸一日押し込められたのだ。身体から悪臭が漂うのは必然だろう。
すると、シディは一瞬呆気にとられたようにポカンとし、突然お腹を押さえてくっくっくと笑い出した。
「私、なにか可笑しなことを言ったかしら?」
私は拳を握り締めながらシディを睨みつけた。
「いや、すまない。あまりに必死な姿が面白くってつい、な」
「酷い! また私をからかったのね⁉」
もう知らない! と声を張り上げて、私は再びほっぺを膨らませながらそっぽを向いた。
「からかってなどいないよ。黒百合は君に対するオレの気持ちだ。ただ多少やり過ぎた点は認めよう」
「黒百合が私への気持ちってどういうこと?」
そう言えば、10年前、シディと暮らしていた時に毎朝何故一輪の黒百合が枕元に置かれていたことを思い出す。
初めて誰かから贈り物をもらい、心の底から感動したことを覚えている。
私は毎朝、送り主であるシディに感謝の気持ちを伝えていたのだけれども、何故か彼は不貞腐れたような表情を浮かべていたのだっけ。それでも別れる日が来るまで毎朝私の枕元には彼からのプレゼントが置かれていた。
「黒百合が我がハイラ帝国の国花であるのと同時に特別な意味を持つ花でもあるのだ。だから、10年前のあの時、オレは毎朝君の枕元に黒百合を届けていたんだぞ?」
「確かにそうだったわね。あの時はとても嬉しかったわ。誰かに贈り物をされたのなんて生まれて初めてだったから。でも、私が毎朝お礼を言うたびに不機嫌になっていたのはどうして?」
「当然だ。肝心の答えをくれなかったからだ」
何故かシディは少し不貞腐れたように唇を尖らして見せる。今の彼の姿と子供の時のシディの姿が重なり、今度は私がプッと噴き出してしまった。世界中で畏怖されているハイラ帝国皇帝があまりにも可愛らしいと思ってしまったのだ。
「何故笑う?」
「ごめんなさい。今のシディと子供の頃のシディ坊やの姿が重なって見えてしまったものだから」
すると、シディは驚いたように真紅の双眸を見開くと、恥ずかしそうにそっぽを向く。
「子供扱いは止せ。仮にもオレは帝国皇帝ぞ?」
「はいはい、ごめんなさいね、シディ坊や」
さっきの仕返しと言わんばかりの私の言葉に、今度はシディが返す言葉を失っていた。そして、柔和な笑みを口元に浮かべると無邪気に笑いだす。
「相変わらず君はオレの心をかき乱してくれるな。だが、オレはもうシディ坊やじゃない。ただの一人の男だ」
すると、シディは真剣な眼差しで私を見つめて来る。
「オレの国には風習があるのだ。愛する者の枕元に黒百合を置き、その気持ちを確かめるというな」
「それってつまり……」
「ああ、愛の告白さ。枕元に置かれた黒百合を受け取ったら、それは婚約が成立した証なのだ」
その瞬間、私は全てを理解する。
ということは、あの時、私は幼かった頃のシディに愛の告白を受けていたということ?
だとしたら全てが繋がった。あの時の私はそんな意味があるとは知らずにただ彼からのプレゼントが嬉しかった。でも、一方のシディ坊やにしてみれば一世一代の勇気を込めて黒百合を私の枕元に置きに来て私がそれを受け取ったというのに肝心の愛の告白の返事を聞かせてくれなければ不貞腐れるのも当然のことだった。
トクン、と私の鼓動が高鳴る。
そして、棺の中に埋め尽くされた黒百合の意味を私は理解する。それは彼の私に対する気持ちの表れなのだ。
「カルミア、もう一度言おう。オレは君を愛している。10年前のあの時、あの約束を交わした時からオレの気持ちは変わってなどいない」
あの時の約束。
私の脳裏に、木剣を掲げ、騎士の真似事をする幼い頃のシディの姿が過る。
「ボクがカルミアお姉ちゃんの勇者様になる!」
あれは、そういう意味だったのね? 私はてっきり……。
その時、突然、馬車が止まった。
シディは名残惜しそうにふう、と息を吐く。
「あの時の答えは後でゆっくりと聞かせてもらうとしようか。まずはこれから君の住まいを案内させてもらおう」
「そう言えば、馬車は何処に向かっていたの? 私を王国から匿ってくれるのだから、帝国領内なのは分かっているけれども」
これから一生、私が生きていることは秘密にしなければならない。万が一にも王国に私の生存が知られればどうなるか分からない。だから、私は誰にも知られず何処か辺境の地で一生を過ごす決意をしていた。
幸い、癒しの魔法を使うことが出来るので移住先の村でも食べるのに困ることはないだろう。魔物の浄化も目立たない範囲であれば喜んでやるつもりだ。
「何を言っているんだ? お姫様が住むのはお城と相場が決まっているではないか」
「え? もしかして……?」
「ハイラ帝国皇都クトゥネにある皇城バルムンク。そこが今日からカルミアの家になる。言っていなかったか?」
「聞いていないわ! 私、てっきり何処かの農村で匿われるのだとばかり思っていた」
もし、私の生存が王国に知れれば帝国との争いの火種になりかねないだろう。それだけ大聖女殺害の罪は重いのだ。
「案ずるな。例え世界を敵に回そうともオレは君を守ると誓おう」
シディの甘美な囁きに私は返す言葉を失う。
しかし、その時、私は気付かなかった。
今のシディの言葉が現実となり、後に大陸全土の国を相手にハイラ帝国が滅亡の危機に瀕することを。
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