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■第4話「心を溶かす雨」
「雨って、うるさいから嫌いなんだよ」
そう口にしてから、ユウはずっと傘を差しっぱなしで生きてきた。
他人と距離をとり、感情に蓋をし、心を濡らさないように。
そのはずなのに──気づけば見知らぬ書庫に立っていた。
空気はぬるく、肌に触れるのに乾いている。
あたり一面、書棚と濡れていない床。けれど、どこかから水の音だけが聞こえる。
棚のあいだから霧のような靄が漂い、天井は見えない。
ユウは、傘を握っていた。黒くて無地の傘。
彼の姿は、少し大きめのカーキのジャケットを羽織り、グレーのパーカーのフードを目深にかぶった少年。足元は擦り切れたスニーカー。睨むような目つきとは裏腹に、肩のラインはどこか弱々しかった。
「ずっと閉じたままだと、心まで乾いてしまいますよ」
声がした。視線を向けると、そこにはブックレイがいた。
半透明の布のような衣をまとい、ところどころにインクが滲んだような模様が浮かんでいる。顔に表情はないが、目だけは“読めない詩”のように複雑だった。
「あなたに足りないのは、“濡れる勇気”です」
彼は一冊の物語を手渡した。
表紙には「雨のない街」と題されていた。
「そこでは、人の感情が雨として降ります。喜び、怒り、後悔……全部。あなたはそこで、“雨を知らない住人”として生きることになります」
「雨は、見えるのか?」
「いいえ。“あなたが濡れた時”、はじめてその存在に気づくでしょう」
ユウがページに触れた瞬間、傘が消えた。
指先に、水滴のような光がぽつん、と落ちた気がした。
これは夢か。
でも、今まで見てきた夢のどれよりも──冷たくて、あたたかかった。