テラーノベル
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どうして、こうなった?
私は今、バスタオル一枚の姿で、脱衣所の床へ倒れ込んでいる。
そして、その下には――。完全に私のクッション代わりになった慧がいた。
「……」
濡れた髪から落ちた雫が、ぽたりと慧のシャツへ染み込んでいく。気まずさに耐えかね、身体を起こそうとした。
その時。胸元のバスタオルが、わずかにずれた。
「……っ!」
反射的にタオルを押さえ、慧のシャツを掴む。
「ちょっと! 今、絶対に動かないで……!」
返事が、一拍遅れた。
「……分かった」
***
事の始まりは、ほんの10分前。私はお気に入りの入浴剤を湯船へ入れ、半身浴を楽しんでいた。
華やかな薔薇の香り。
(ああ……天国……)
仕事の疲れが、身体の外へ溶けていく。その時だった。白い壁を、黒い影が横切った。
「……え?」
大きな黒いクモ。しかも――。壁を這いながら、こっちへ向かってくる。
「きゃああああああっ!」
私は湯船から飛び出した。慌ててバスタオルを身体へ巻きつけ、そのまま脱衣所へ逃げ込む。廊下から、慌ただしい足音が響いた。
「玲奈、どうした!」
すぐに慧が駆けつけてくる。
「く、クモ! 大きくて黒いやつ!」
「どこだ」
「おふろ!」
「入っていいか?」
「……うん」
慧は一度リビングへ戻ると、分厚いカタログを手に戻ってきた。
「え、いけるの? それで戦うの!?」
「十分だ」
迷いなく、浴室へ踏み込んでいく。しばらくして、窓が開く音がした。
「……追い出した」
「まじで助かった、ありがと――」
慧へ駆け寄ろうと、一歩踏み出す。けれど、大惨事はここからだった。
慌てて浴室から飛び出したせいで、脱衣所の床は水浸し。濡れた床で、足が滑った。
「あ」
「おい、危な――」
倒れかけた私を受け止めようと、慧が手を伸ばす。けれど、その足元も濡れている。
ドンッ!二人そろって、床へ倒れ込んだ。
***
心臓の音がうるさい。これは、私の音?それとも、慧の音?分からないくらい、距離が近すぎた。
「言っておくけど、これは100パーセント不可抗力の事故だからね……!」
「ああ」
「私が押し倒したわけじゃないから!」
「分かっている」
バスタオルの端を押さえたまま、身体を起こそうとする。慧は、天井を見たまま固まっていた。
耳だけが、ひどく赤い。
(めちゃくちゃ意識してるじゃん……!)
恥ずかしい。けれど、それ以上に、少しからかってやりたくなった。
「ふーん……」
胸元のタオルを片手で押さえたまま、上から慧の顔を覗き込む。
「そんな顔もするんだ?」
「……」
「こういう状況、免疫ないんだね。意外」
「ねえ」
空いた手を彼の頬へ添え、逃げる視線を追いかける。
「今、何考えた?」
その沈黙が、何よりの答えだった。
「……服を着ろ」
「あははっ!」
我慢できずに吹き出した。
「ちょっと、今の顔! 写真に撮っておけばよかった!」
タオルをしっかり押さえながら立ち上がる。続いて起き上がった慧は、片手で乱れた前髪をかき上げた。
そのまま、私へ背を向ける。
「……うるさい。早く着替えてこい」
「はいはい」
脱衣所の扉を閉めかけ、こっそり慧の背中を盗み見る。耳の付け根は、まだ赤い。
(あんなに赤くなっちゃって)
からかってやっただけ。そのはずなのに――。
扉を閉めても、私の心臓はまだ全然、落ち着かなかった。
コメント
1件
あおいです🌷 第9話、読ませていただきました! もう、もう…!お風呂場の大事故から、まさかの密着状態への展開、ドキドキが止まりませんでした。バスタオル一枚で慧さんの上に倒れ込む玲奈さん、そして「……服を着ろ」としか言えない慧さんの耳の赤さ…!からかう玲奈さんも、最後に自分の心臓の音に気づくところも、二人の距離が確実に縮まっているのが伝わってきて、胸がきゅっとなりました。素敵なエピソードをありがとうございます🤍