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アルベルト様ことあーちゃんは子羊になった途端、スキンシップをたくさん取りたいらしく私の傍から離れなくなった。今まで親戚のお兄さん的な立ち位置から一変、モフモフして触れたい欲求のまま傍にいる。知能も子供並みに落ちているような気がした。
「めえ」
「本能的に引っ張られやすいんだ。ラフェドは魔王だけど、夜月羊という種族で獣の姿が今の状態なんだ」
「これが本体。……可愛い」
「興味ないことにはとことんどうでも良いけれど、執着したら離さない特性を持っている。実はとっても寂しがり屋で甘えん坊だったり」
「普段の雰囲気からは想像も出来ないわ」
「うん。ラフェドはある時から急にツンツンし始めたんだ。400年ぐらい前からかな。その前はもっとよく笑って、陽気だったと思う」
よく笑って世界を楽しんでいた──と言うのなら、前世の彼と重なる。陰鬱で不穏な空気に辛辣な言葉。あれは全て自分を守るために武装していたとしたら、何が彼をそうさせたのだろう。
本来の彼は甘えるのが大好きで、寂しがり屋だという。夜月羊は群れをなして生活するのである日突然、種族が滅びたら泣きたくても泣けなかったのではないか。責任感は強い人であれば、なおさらだ。
(人の身では想像が付かない時間……それなら16年なんてあっという間よね)
「ラフェドはその時に大事な者を失って、この国を作ることに奔走してて……責任とかのしかかって、息抜きも上手くできてなかったと思う」
そう言いながらも、ベルナール様も私の背中にピッタリとくっついて来ている。この世界の人外は寂しがり屋で、甘えたがりということなのだろう。
「僕はラフェドとは違うけれど、両親から怖がられて早く巣から飛び出したからね。独りぼっちの時間が長い共通点は同じかも」
「独りぼっち」
あーちゃんは仕事で教会に戻る時以外は私の傍を離れなくなったし、ベッタリだ。そして好意的だというアピールもしてくる。ハナちゃんとクロちゃんがドン引きするほどに。
(もしかして人の姿で甘えようとすると、あの容姿だから単なるスキンシップではなく大人の関係を求める人たちが多くて……女癖が悪くなった? 甘えたいのに上手く甘え方が分からなくなった? でも本来の姿でいるよりも人の姿のほうがウケがよかった?)
ぐるぐると考えても、答えは出ない。
そんなことを考えている間に二週間が過ぎ、私は屋敷の裏庭を大改造していた。
ベルナール様から許可をもらって家庭菜園を作るため、土いじりしている時もあーちゃんは傍にいて手伝おうとする。
「めぇえ」
「まあ、手伝ってくれるの?」
「めえ!」
撫でろと言わんばかりの姿に頭を撫でるとキャッキャと喜んでいた。もしこんな風に誰かに甘えたくても、素直になりきれなくて拗らせていたのだとしたら不器用なひとなのだろう。あるいは王という立場を意識しすぎて、王としての理想像に近づけるため背伸びをしていた──可能性もある。
(まあ、人外は人の感情を味わうのが好きらしいし、こっちの姿のほうがスキンシップしやすいから良いけれど)
ベルナール様、ハナちゃん、クロちゃんは一緒に居て楽しいけれど、あーちゃんだけはホッとするというか安心する。それにもハグすると落ち着くし、元気が出てくる。
(どうして独りだけ違うのかしら?)
その答えを私も、あーちゃんも持ち合わせていなかった。
***
あーちゃんになることが増えたからか、アルベルト様の大司教として人の姿で現れるときも以前のようなツンツンな感じは薄れていった。
「シルヴィア」
「あ、教会からの《依頼》ですか? それとも街に行っても良いという?」
「……いや。違う。アレだ」
「? ……あ。アフォガートですか? 好きですね」
「違う」
ぷい、と不機嫌そうに顔を背けながらも、どこかソワソワしている。あーちゃんも時々するのを思い出す。ああいう時は、抱っこやハグを求める時だ。
(いや、でも人の姿で求めるのは違うか)
「この姿でも……シルヴィアを抱きしめたい。そういう関係を望んでも……いいか?」
「ひゅ」
ここぞと言うときに潤んだような目で見るのは、反則だと思う。ずぶ濡れの子犬が訴えてくる感じに近い。私はこういうのに弱いのだ。
再会した頃のツンツンMAXだったころなら、冗談や遊び程度で軽く流せた。でも今回はそう言うのとは違う。ラフェドが私を特別にしたいと仄めかした時の雰囲気に近いのだ。
「それは……ええと」
「最初は触れるだけで満足だったし、心地よかった。でも、もっと触れたいし、俺がお前を抱きしめたい……駄目だろうか?」
口調も以前より柔らかくなった。今まで挑発めいた口調だったのも自分を強く見せようとしていたのだろうか。
好き、という気持ちが明確ではないふわふわで、柔らかい気持ちが芽生えたような眼差しに困惑してしまう。
「それは些か性急では?」
「そうか。……人間は結論を出すのが早いと聞いたので、のんびり待っていたら奪われそうだって思って」
(本当に数週間前にツンツンガミガミな親戚のお兄さんだったのに、今は不器用でそれでも自分の気持ちを伝えようとしてくれてる……)
「俺はお前と仲良く……傍に居たい。俺は……お前の特別に、【伴侶】になってほしい」
『俺はメイリともっと仲良くなりたいんだ。傍に居てもっと広い世界を見せてやりたい。だから、俺の特別、特等席に、【伴侶】になってくれないか?』
それは前世で言われた言葉とダブる。
素直な言葉。
真っ直ぐな愛情表現に弱いのだ。前世も、今も。
吹っ切れた──はずだった。
別人だと、違う存在として縁を結んだと呑み込んだ思い。蓋を閉じて見ないフリをした気持ちが溢れる。私も思った以上に堪え性のない人間らしい。
「ちょっと……ずつなのと、その……公私混同しないのなら」
「ん。約束する」
そう言って両手を広げてくる時は、ハグの合図だ。もふもふでふわふわな子羊さんの時とは違って、男の人の腕の中に収まってしまう。いつもと逆だ。
「やっとこの姿で触れられる」
(み、耳元で叫ぶの禁止ぃいいいい!)
獣姿とは当然ながら全然違う。
意識しないでいるのが難しい。頬に当たる吐息も、心音も、温もりも包まれている感覚も泣きそうになるぐらい温かくて、転生してからどこかで望んでいた願いでもあった。
(やっぱりすごく落ち着く……。悔しいけど)
恋人でなくて友人ぐらいの立ち位置になれたら──。
それは保険で、傷つきたくないから自分の心を守るために、自分にそう言い聞かせてきた。あっさり恋心を手放したと思っていたのに、思った以上に私は諦めが悪いらしい。
お互いに好きとは言わなかった。私は気持ちが追いつかなかったからだ。アルベルト様──ラフェドは分からないけれど。
温かい気持ちになって、この世界で最初から恋人いや婚約者を目指すのもありかもしれないと少しだけ、そうほんの少しだけ気持ちが傾きつつあった。
そんな時に限って予想外の出来事は起こる。それを私は身をもって知っていたのに、どうして気付かなかったのだろう。
***
ベルナール様の書庫で見つけた一冊の本。
この世界について知りたいと相談して、書庫を見せて貰ったのだ。そこで妙に惹かれる本があった。
その本は魔導書めいた上製本だが分厚さはなく、絵本並みの十ページ前後の非常に薄い。タイトルを見て固まった。
(え……)
ページのめくれる音が耳元で聞こえ──気付けば、先ほどまでいた書庫ではなく。
#異世界恋愛
#ファンタジー