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# 第9話 少しずつ、前へ
それからの時間は、静かに、
でも確かに進んでいった。
すぐに何かが変わったわけじゃない。
魔法みたいに元気になることもなかった。
抗がん剤は続いたし、
つらい日は、やっぱりつらかった。
「……今日は、ちょっときついかも」
そう言いながらも、
らんらんは前みたいに目を逸らさなくなった。
俺が来ると、弱くても笑ってくれるようになった。
吐き気で顔を歪める日もあった。
体を丸めて、息を整えるのに必死な日もあった。
それでも。
「……すち、いる?」
「いるよ。ここ」
そう答えると、らんらんは安心したみたいに目を閉じる。
医師から「数値が少し良くなってきている」と聞いた日のことは、今でも覚えている。
らんらんは、嬉しそうというより、戸惑った顔をしていた。
「……期待して、また落ちたら怖い」
正直な言葉だった。
「じゃあ、期待しなくていい」
そう言うと、らんらんがこちらを見る。
「一緒に、進むだけでいい」
少しずつ。 本当に、少しずつ。
髪がまた生え始めて、顔色が前より良くなって。
歩く距離も、話せる時間も、少しずつ増えていった。
桜が散って、緑が濃くなる頃。
らんらんは、病室の窓から外を見ながら、ぽつりと言った。
「……生きたい、って思えるようになった」
その言葉に、胸が詰まった。
「すちが、そばにいるから」
俺は、ただ頷いた。
答えの代わりに、らんらんの手を、そっと握る。
未来の話は、まだ具体的じゃない。
でも、“明日”の話は、できるようになった。
それだけで、十分だった。
回復は、一直線じゃない。
それでも、らんらんは確かに、前を向いていた。
俺と一緒に。
➡♡400