「それ、大切なもの?」
全てを、見られてしまった。
身体中から汗が噴き出して、ダラダラと全身を伝う。
(…..どうしよう、どうすればいい?)
俺はマスコットを手放すでもなく、より一層強く握りしめた。
「い、妹のね。大切なものなんだ。あいつ失くしたって騒いでたのに俺のポケットに入っててさ。ほんとドジだなーって思って見てただけ。」
無理のない言い訳ができたのではと少し安心しながら、恐る恐る水瀬さんの方を見上げると、まだ俺の見たことのない、きょとんとした腑抜けた顔がそこにはあった。
「….ふーん?そうなんだ」
言葉とは裏腹に、あまり納得していなさそうな声色だった。
「う、うん。」
「仲間だと思ったのに…」
想定していない言葉が発せられ、自分の耳を疑い聞き返した。
「え?今なんて….」
「仲間だと思ったのに…って。私、可愛いっていう型にはめられるの好きじゃないんだよね。」
彼女の思いがけない告白に、ドクンと鼓動が鳴った。自分にも思い当たる節のある感情だったからだ。
「…….そうなの?なんで?」
「なんで….って聞かれるとどうも難しいけど、”可愛い”っていう言葉は、私が私として生きていくのを邪魔するものだと思ったの。随分前に。端的に言えば窮屈だなって。みんな私の何を見て可愛いと言っているのか分からないし、好意的にかけてくれるその言葉が、私に”可愛くいろ”って念じるためのようなものに感じるの。」
何とも簡単に、淡々と彼女は話した。クラスが同じといえどまだ話したこともないような俺に。
「どうしてそれを俺に?」
「何となく、信頼できそうだったから。きっと言いふらすことなんてしないでしょう?」
何を当たり前のことを、とでも言いたげに首を傾げて言う水瀬さんは堂々としていて、ずっと自分が思い描いていた人間像にぴったりと重なった。
太陽と重なって、輝いて見えた。
「まあとにかく、貴方には何か近しいものを感じるの。困ったことがあったら言ってね。」
彼女はそう言ってこの場を去ろうとした。
俺は気づけば、咄嗟に立ち上がりその手を掴んでいた。
「おっ…俺も!!!!!俺…も….、苦しいんだ….もう、何年も…。だっ誰にも…言えなくて…親にすら…。本当は…こ、こういうの..可愛い、のが好きで…えっと…これも俺ので….。」
10年以上打ち明けられなかった思いを、初めてクラスメイトに言えた。血が上って多分顔は真っ赤だし、緊張して言葉も詰まる。どうしようもないくらいたどたどしく話す俺を、水瀬さんは真っ直ぐ見つめて頷いてくれた。
「うん。だと思ってたよ。」
「それで…これ…お、俺の宝物で….毎日持ってるんだけど….それがバレないかいつも気が気じゃなくて……..登校するだけで固唾を飲む毎日で…」
肩で息をしながら必死で話す俺に、水瀬さんが水を差し出す。
「まだ開けてないから。ゆっくり話せばいいから、一旦飲みなね。」
俺は素直に頷いて、貰った水を飲んだ。そうして冷静になって初めて、自分が泣きながら話していたことに気づいた。
「…あのさ、そのキーホルダー、私も持ってるんだよね。色違いのやつ。」
「えっ…そうなんだ…。」
「こういうの自分じゃ買わないのに、なんかこれだけ捨てられなくて、大切で持ってたんだ。そしたら同じものを大事そうに握る君がいて。だから声をかけられた。」
このクマに感謝だな、と彼女はやんわり笑った。
「本当にずっと、しんどかったんだね。持て囃してくれる周りには全く悪意がないから、それも辛かったよね。話してくれてありがとう。」
なんのトゲもない優しい言葉に、隠すことなく俺は泣いた。そういえば幼少期はこんな感じで毎日泣いてたんだよな、と思い出しながら、泣いた。
「ごめん…俺取り乱して……誰にも言わないでほしい….」
「ここまでお互い打ち明けて言いふらす訳が無いだろう。まだ信用されてなかったのか。」
わざとらしく唇を尖らせ、頬を膨らませる表情が何とも愛らしい。あそこまでみんながベタ惚れする理由もわかった気がする。
「違うよ、水瀬さん。人前で泣いたこともこんなのを打ち明けたこともなかったから…水瀬さんのことは信頼してるよ、本当にありがとう。」
「ありがとうはこちらこそだよ、星様。」
そう呼ぶと、彼女はくくくっと悪戯っぽく笑った。
「ちょっ…それは勘弁してよ…….薫。」
「ふふ…からかって悪かった、星。」
思えば教室にいる時と今とで、薫の話し方も随分変わる気がする。話し方まで矯正していたのか、と彼女の抱えてきたものの重さを知る。
俺たちは連絡先を交換して、話したいときは連絡をしてこの屋上で落ち合うことに決めた。
「私はそろそろ戻るな、星」
普段とは違う、気の抜けた満面の笑みで手を振る彼女は、本当に人間なのか疑うほど光を放って見えた。
屋上のドアが閉まり、1人の空間に戻る。
先刻まで他人同士だったのに、ここまで親密になるとは。何があるか分からないものだ。
ストラップをもう一度手に取り、彼女の顔を思い出しては、鼓動が高鳴った。
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