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西谷さんが、
田中さんが落ちてゆくボールを追いかけ飛び込み、伸ばした手の数ミリ向こうで床と触れた音がした。
試合終了のホイッスルが高く鳴り響き、歓声が体育館を包んで、やりきったように床に倒れる澤村。
「ありがとうございました」
聞き慣れた声が頭に入り、イヤホンを外し仲間の映る画面に向けて
『誰がなんと言おうと、自分も試合をしたんだ。そこに立ってたんだ』
そう証明するように頭を下げた。
画面に映るオレンジの背中、9番と11番の間には僅かながら空間があった。
まるで「あいつは、ここにいるんだ」と証明したように。
春高が終わった。
澤村さんたちは卒業に向けて一気に忙しくなっているようで、部活にも顔を出すことが徐々に少なくなっていった。それぞれが新しい道へと進んでいく。どの高校でも同じことは起こっている。
でも、どんなにそれをわかっていても、いよいよその日になるとどうしようもなく悲しくなった。行かないでほしい、もっと一緒にバレーをしたかったそう思うのは誰だって同じだった。
託されたんじゃない
「楽しみにしている。」
もう、烏野を【落ちた強豪】と呼ぶものはいなくなった。
【飛べない烏】は飛び方をもう思い出したのだ、この先は心配なんかない。
だから澤村さんたちは最後に笑って歩んでいった。
自分がその立場になると、どうするのが正しいのかわからない。それを思うとあの先輩たちは尊敬しかないなと、2年前のことを思い出した。高校卒業後の進路なんて考えてもいなかった、先輩たちは大学や就職など人それぞれだったし、おれはこの先どうしたいかなんて考えるよりも今どう強くなるかを考えていた。
日向は手に取った様々なパンフレットに目を通しながら、ため息を吐く。
影山はすでに進学先も決まっているようで、もちろん頭は相変わらず馬鹿なので推薦入学だが…
月島や山口も次々と決定していく。もちろん谷地さんだってその一人だ。つまり、俺以外の全員が決まったってわけで、余計に頭を抱える原因になる。
県内有数のバレーに力を入れているT大学
T大学には劣るけれどスポーツに特化したE大学
専門系から普通科まで様々な学科のあるK大学
就職に強いS大学
推薦がかかっているのがこの四大学
影山が行くのはT大学、もちろんT大からは影山とセットで推薦のお声を頂いてる。
谷地さんはデザインを、月島は古生物学を学ぶためにK大学へ、山口はS大ヘ。
どうしようかと机に寝そべっていると谷地さんが、声をかけてくれた。
「どうしたの、日向?」
「んー、大学行こうか就職しようかなって」
「まだ決まってなかったんだね…」
少し悲しそうな声で谷地さんはつぶやいた。
「影山くんとセットの大学は?」
「あぁ〜、T大学?」
そうそれ!と元気よく言う谷地さん。
「でも、なんかおれ影山とセットじゃ、なんか駄目な気がするんだよねぇ」
「だめな、気?」
「影山に上げてもらうのでも今より強くなれるんだろうけど、影山だけにあげてもらじゃ駄目なんだと思う。」
「日向は影山くんと一緒でも十分強いと思いけど…」
「それだよ!」
谷地に勢いよく顔を近づける日向。え、と素頓狂な声を上げる谷地
「おれは、影山に上げてもらってたんだ。」
「そう、だね?」
突然日向が言う言葉は谷地には理解ができない。
「おれは、影山を倒さなきゃいけないんだ!」
「ってことは日向は影山くんと別の高校にするってこと?」
「うん、そうする!」
谷地と日向はもう一度パンフレットを眺めて顔を見合わせた
「じゃあ、日向が行くのはE大だね!」
「うん!」
すぐさま進路調査票にE大を書き、提出するために職員室へと日向は走り出した。
数ヶ月後
E大に無事入学ができて五色と連絡をしていると、白鳥沢の5番さんもここにいるということが分かった。
早速探しに行ったけれど、特徴的な赤髪を逆立てた髪型はどこにも見受けられなかった、探しきれてない場所があるのかと思うがそんなことがないのは知っていた。
偶然的に会えなかった、ということだろう。
探し始めて数日が経った時に知らない番号からの電話がきた。怪しく思いつつも、恐る恐るでた。機械越しに聞こえた声を俺は知っていた
「あっ、もしもし」
「は、はいッ」
「烏野10番くんであってる??」
「あっ、てます…」
飄々とした喋り方
「えっと、白鳥沢の」
「そうそう、天童覚」
「お久しぶりです!!」
正体がはっきりと分かり安堵して電話の向こうにいる相手へ頭を下げた
「うひゃー、変わらず元気だねぇ」
「天童さんは元気ですか!?」
「うーん、まぁ程々に?かな」
そこまで悩んでいそうもない声色で呟いていた
「あのっ、会って話したいんですけど!今から会えますか!?」
「大丈夫よ、んじゃ食堂手前で待ってるね」
「はい!直ぐ向かいます!!」
そう答えながら荷物を急いでまとめていると、電話の奥から、ゆっくりでいいよ、と聞こえてきた。
天童さんは優しいのだと少しわかった
久しぶりに知り合いに会うのが楽しみで、そっこーで走って食堂に向かった。
肩で少し息をしながら逆立った赤髪を探すも見たらない。
ここで叫んで探すのはきっと楽だろうが、その倍人に目立ち変人だと思われてしまうだろう…
ようやく知り合いに会えると舞い上がったのも束の間、会えないような気がしてしまい急激に不安になった。
背中に嫌な汗が伝ったような気がした。
周囲の音が大きくなって、怖くなる
「烏野10番くん」
電話越しに聞こえた声と同じ音程の優しい音がした。
瞬時に振り向くと、パーカーにジーンズ姿で肩に鞄をかけている人がいた、でも天童さんは立ち上げた赤髪をしていたが目の前の人は赤い髪を目に掛からない長さで整えてある赤髪の人だった。
「ど、ちらさまで、すか?」
自分の記憶にはこんな人は知り合いにはいそうにも無い。
『水族館行きませんか?』
日向がそう天童にメールしたのは一昨日の事だった。
目の前の薄く紅に染まったクラゲは少し流れのある水槽で浮いている。日向は冷たいベニクラゲの案内板を撫でながら、昔図鑑で読んだことを思い出した。
「…海月って生命活動を終えると海に溶けて消えるんです。」
「海の月は水に成るんですよ。」
水槽を眺めながら日向が、口にした言葉を天童は拾った。
「クラゲ?」
「小さい時は海月好きだったんです。」
天童の顔は日向の位置からは、見ることができない。へー、そうなんだ。とさらっと聞き流すような天童の声。日向の目には水槽の中の水によってに反射したボヤける赤が青と揺らめいていた。
「でも、海月って流れが無いと沈んで死ぬんですよ。自分で浮き上がろうとしていくうちに弱って…」
「何それ!カワイソッ」
「確かに」
日向の説明を聞き、率直に海月のことを可哀想と呟く天童が可愛らしく思え自然と笑みが溢れた。きっとこの笑みは後ろを歩きながら水槽を見る天童には気付いて無いだろう。
「…可哀想ですがオレはそれと同時に羨ましいって最近思っちゃうんですよ。」
「えっ?」
二人しかいないアクアリウムに天童の素っ頓狂な声が響いた。
「海月って波に乗って動くだけでほとんど自分で動かないんですよ」
「ふーん、でも何で日向くんはそれが羨ましいの?」い
「水に生かされて、その波がないと水に変わるんです。」
天童は説明されても意味がわかるわけもなく頭の上に疑問符を浮かべている。
「分かりにくいですよね。」
「うん、分かんない」
「何となく、そう思ったりするんです。気にしないで下さい。」
変わらず水槽を眺める日向は、言葉にしても誰にも伝わらないような思いを笑って誤魔化した。
「あー…。そういえば天童さん今日は髪下ろしてますよね、何でですか?」
次の部屋へと進むことを提案し、歩き出すも沈黙が続いていく。
話題を変えるためか、日向は少しバツの悪そうに問いかけた。
「んー、ワックス付けてないからネ、もう良いかなって」
「そうだったんですね。」
「日向くんはどっちの髪型が好き?」
自身の髪の毛先を少しいじりながら首をかしげ天童は日向に聞いた。日向は急に来た質問に少し戸惑いながらも、顎に手を置き悩みながらケースを眺めた。
「どっちも好きですよ」
「…どっちもなんて欲張りですよねぇ」
数秒の沈黙の中で日向がたどり着いた答えがそれだった。だが自身の傲慢な考えを罰するように、振り向き眉毛をハの字に緩め笑った。
「良いんじゃないノ?どっちもで。欲張りでもさ…」
日向の目を見ながら天童はゆっくりと声を出していく。そして、いつも通り優しく笑った。
説明ルームを抜けこの水族館の1番の見せ物巨大なクラゲアクアリウムについた。この部屋にあるのは数脚のソファと半径5メートルの巨大水槽、水の中には数十匹のミズクラゲが緩やかに漂っている。非常出口の緑色のライトと水槽の下から光る青紫の灯りを頼りに二人は柱水槽に向かって歩く。
「綺麗ダネ〜」
「そうですね」
日向はすぐさま近くにより、ガラスに触れた。水の冷たさが日向の温かな手を侵食した。天童はソファに腰掛けて水槽を眺めていた。日向の膝から下は近付かないと見えないように鉄で覆われていて、その水槽の下で必死に上がろうとする海月と、奥底に動くことのない海月が沈んでいた。
「本当に綺麗ですね。」
少し目を伏せながら日向が呟いた。その声は決して大きいわけではないが日向と天童しかないこの空間に薄く響いた。
その声を聞いたであろう天童が立ち上がり歩く音が後ろで響
日向の横に立ち同じようにガラスに触れて、上から下をゆっくり見る。
「でも、儚いね」
「…そうですね。」
何を言うでもなく過ぎゆく時間を忘れアクアリウムを眺める。
「さて…そろそろ帰ろっか」
アクアリウムを眺める日向の方を向き片手を差し出す天童。首を傾げ固まる日向を少し笑い、手を引っ張った。
「…天童さん楽しめました?」
「楽しかったよ」
「良かったです。」
館内に二人の靴の音が響く、スタッフルームに居る館長に挨拶をしに日向は天童を廊下に待たせドアノブを回す。
「館長?」
「ん。あぁ日向くん」
日向が呼びかけると、椅子に座った館長は穏やかに笑った。
「すみません、閉館時間過ぎているのに」
「良いんだよ。」
「ありがとうございます」
鍵を返しスタッフルームを出ようとした時に館長に呼びかけられる。
「どんな生き物も脆いんだよ。」
「…」
日向の顔を見て何かを察したのだろう。
日向自身も自覚はできていない何かを館長はわかっていたのだろう。
「人間も。やらずに後悔して、昔を悔やむのは自分が傷つくのを守るためじゃないのかい?」
「…そうですね。」
「過去や未来がどうであれ今が大切なんだよ、その今を変えられるのは誰かもう君は知っているよね。」
「はい、もうそれは、知ってます。」
日向は数年前の自身を思い出し足元を見ながら少し唇を噛んだ。
「じゃあ、またね」
ドアノブを再び握る、今度は声をかけられることは無かった。
壁にもたれかかり、ボーッとしている天童に待たせた謝罪をした。
天童は別に良いと日向の頭を撫でた。
「はい」
そう言って再び日向に手を差し伸べた。今度は日向もわかっていたので手のひらをのせた。
「今日はこのあと予定とかあったりするの?」
「いや、ないですよ」
「そっか」
軽い雑談をしながら暗い通路を歩幅を合わせて進んでいった。
天童は言わずもがな歩幅が大きい、歩幅の小さい日向が同じリズムで歩けているのは、あえてゆっくり歩いてくれていると気付き、「この人は何だかんだ言って普通に優しいんだよな…」とこころの中でそう思った。
館内を出ると、空には海月のような薄い月が浮いていた。今日は月が綺麗に見える。
そう思ったのは俺だけじゃないといいな。と日向は思っていた。
離れた手の温度が下がるのを感じた。
日向くんと別れて、自分のマンションに帰る。コートをソファーに投げ捨て、ベットに身を投げる。
『海の月は水に成るんですよ。』
『水に生かされいて、その波がないと水に変わるんです。』
「…生かされいている物に成る」
深い水の中に居るような感覚に陥る。言葉にならない、何かが喉につっかえて音を出せない。コートの中のスマホが呼んでいる。疲れた訳でもないのに体を持ち上げるのが億劫である。ゆっくり立ち上がりソファーに向かって歩いてコートに手を突っ込む。手の中で震えるそれに表示されてる高校時代の親友の名前。
深く息を吸って応答ボタンを押す
「はいはーい、若利くん?どしたの〜」
「あぁ、天童か」
「どしたの?」
「すまないが、明日は用事あるか?」
「んーちょっと待ってネ」
スマホを片手に手帳を開いて見るが明日の予定は空だ
「特に無いけど?」
「バレーをやらないか?」
「唐突ダネ」
「明日はチームが休暇を取る事になったからな」
「あー、だからネ」
「白布や五色も来るそうだ」
「へー、おもしろそーじゃん」
「天童は来るか?」
答えは決まっているのにあえて悩んだように唸り、いつも通り軽く承諾する。
若利くんは声色も変えず「そうか」って変わんないね〜何て思っていることは相手には分からないだろう。
「場所は追って連絡する」
「はいよー」
「忙しい時間にすまなかったな」
「?」
時計はまだ7時を過ぎたと物語るだけだ、普段でも特に忙しい時間でも無い。若利くんが普段なら言わないのに…
「えっ?急がしくは無かったけど?あー、若利くんが忙しかったカンジ??」
「いや、そう言う訳では無いが、今日は日向翔陽と出かける予定がある日だと聞いたんだが、違かったか?」
スマホ越しに聞こえる彼の声からその名前が放たれるのを聞くのはもう随分と久しいと記憶のカケラを遡る
「あー、俺若利くんに言ったっけ?」
「いや,五色から聞いた話だ。」
「工ね!なるほど〜」
「もう、終わったからいいんだよぉ」
「そうか」
「じゃあ明日ね〜」
「あぁ」
電話が切れる。スマホをソファーに投げて腰を下ろす。
忘れていた腹の空きを思い出す。さて、冷蔵庫でも見に行こうか。長く細い息を吐いて立ち上がる。
フローリングを滑るように歩いていくが、いまだに脳内にはあの言葉が再生される。
何がそんなに心に残るのか、わからない。考えてもわからないことを延々と考える気は毛頭無く、それを頭の隅に置いた。
それよりも今の最優先事項は、晩御飯の事である折っていた膝を伸ばしコートを手に取る。無いものはどれだけ探そうと無いのである。だったら手っ取り早く買いにいく方が後が楽だと思い、すぐさまスニーカを履く。1番近いスーパーをスマホで探しながら鍵を閉める。ほんの少しまだ明るさが残る空を眺めながら足を踏み出した。
少し肌寒くなって落ち葉が舞う景色を眺めながら歩いていくと早いものですぐに着いてしまった。
カゴを片手に取り敢えず使いそうなものを入れていく、チョコアイスを買うのを忘れないようにしなきゃなー。と軽く考える
天童覚は、成人してからと言うと高校時代等では逆立てていた髪を下ろすようになり制服でもない。
180過ぎの長身がいるだけで格好良く見えるだろう。
どんな人だろうと長身とだけでも目を引くのは言わずもがな、彼は元バレーボール部員、細身といっても上背もあり鍛えてきた筋肉もある。また彼は、切長な細い瞳、スッっと通った鼻筋、色白ではあるのに逞しい体。
その上この容姿である。
周囲の目を引くには十分だろう。当の本人は気付きしないのだが…
お菓子のコーナーを見終わって、会計に行こうかと踵を返した時に背後から聞き覚えのある声で呼ばれた
「てんどー、さん?」
「さっきぶりだねぇ、日向くん」