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言っちゃった……
星埜くんの唇、少しカサカサしていたな、とか、もっと触れていたかったな、なんて思っちゃったけど、それは僕の我儘で、彼を困らせることになるんじゃないかって思って、僕はそこで唇を離した。
びっくりしている、星埜くんの顔を前にして、可愛いなって思っちゃった僕もいて。星埜くんのこんな驚いた表情を見られるのは、今世界で僕だけだって思ったら、ちょっとした優越感が生れてしまった。でも、これから、彼の表情を独占するのは、朔蒔くんなんだろうな……って思うと、胸が痛かった。
叶わない恋をした。
入学式の時、女の子の制服を着た、僕を変な目で見る皆の視線。いくら、ジェンダーに寛容になった社会とは、矢っ張り、可笑しいって思う子はいるわけで、少しだけ、居心地が悪かったのを覚えている。男の子の制服でも良かった。でも、女の子の制服を着てみたかった。コスプレだって言われたら、それまでだし、そんな理由で、女の子の制服を選んで良いものなのかとも思った。お父さんとお母さんは何も言わない。僕が、可愛い服を着ていても、ぶりっこみたいな仕草や言動をとっても受け入れてくれた。たまに、僕を妹と重ねることはあったけれど。でも、両親は僕を否定しなかった。
仲の良い家族だって自負できるほど、僕は家族が好きだった。大きな犬も、妹も。
(矢っ張り、変かな……)
長い髪を指に巻き付けて、くるくるしていると、僕に声をかけてきた、翡翠の瞳を持った少年は僕を覗く。
『君、体調悪い?』
『ううん、大丈夫』
『ああ、えっと……俺は何とも思わないよ。だから、胸張っていいと思う』
そう言ってくれたのが、同じクラスメイトの陽翡星埜くんだっていうのはあとから知った。彼は、僕のことをはじめは女の子だと思っていたらしいけれど、まわりの視線に気づいて、男の子だって、それで大丈夫かって、声をかけてきてくれたんだとか。彼との出会いは運命だと思った。自分が、物語の主人公になったみたいなそんな感覚だってした。
それから、僕は、星埜くんのことを目で追うようになって、何処にいても見つけられてしまうほどには、彼に心酔していた。ストーカーだって思われたくなかったから、普通に話しかけに行って、仲良くなった。僕ってこんなに行動力あったんだって、思っちゃうくらい、星埜くんのことになると身体が勝手に動いた。
星埜くんが、不良生徒の朔蒔くんに始め絡まれているときだって、殴られるかも知れないっていうのを覚悟で飛び出して。そこから、朔蒔くんとも仲良くなるなんて思わなかったけど。
(……期待しちゃ、ダメだよね)
星埜くんが好き。
でも、星埜くんから、朔蒔くんが好きだって言うカミングアウトを受けて、僕は、敗北感で一杯になった。ああ、自分じゃないんだって、負けを認めなきゃいけなくなった。だって、星埜くんの顔が、僕と同じ、恋をする人間の顔をしていたから。
衝撃的で、ショックで、頭が真っ白になったけど、初めての恋に戸惑っている星埜くんのことを応援したくなった。敵に塩を送るじゃないけど、自分の首を絞めてでも、星埜くんの役に立ちたかった。でも、ゆくゆくは僕の事を好きになって貰えたらな、なんて邪な気持ちも捨てられずにいた。でも、星埜くんから返ってきたのは、僕じゃないっていう返事で。
僕の過去を聞いて、同情だけして、憐れみはしなかった星埜くんが。
僕の姿を見て気持ち悪いって言わなくて、優しくしてくれた星埜くんが。
正義感に溢れて、常に正しく輝いている星埜くんが。
僕は大好きだった。恋をしていた。
「ごめん、楓音。俺は、楓音の気持ちに応えられない」
「うん、分かってるよ。星埜くんは、朔蒔くんのことが好きなんでしょ?」
「そう……だと思う。確証があるわけじゃないし、何で好きになったかとか、未だに理解できないけどさ」
星埜くんは、星埜くんの恋に向き合っている。だから、僕の恋はこれで終わり。そう、区切りをつけて、僕は、星埜くんの手を握った。彼は申し訳なさそうなかおをしていたけれど、もうそんな顔して欲しくない。星埜くんは、星埜くんの恋を実らせて欲しい。ちょっと、むかつく相手だけど、朔蒔くんは良い子だし。僕は応援すると、彼の背中を押す。
「おくっていかなくていい?」
「うん、そこまで迷惑かけられないかな」
「じゃあ、気をつけて」
帰る途中で、そんなことを聞いてくる星埜くんは、矢っ張り優しいな、なんて思いながら、僕はこれ以上縋っちゃダメだ、期待しちゃダメだと押し殺して、彼に手を振る。本当は、おくっていってもし飼ったし、話していたかった。でも、離れられなくなるって分かっていたから。
それに、泣きそうだったし。そんな顔、彼に見せたくなかった。
僕は、彼が曲がり角を曲がるまで、見送って、息を吐いた。真っ赤に染まるアスファルトに、ポタリポタリとシミをつくる。
「フラれちゃった……」
また流れた涙は、妹が死んだときの悲しさとは違って、温かくて、熱かった。
それから、ふらふらした足取りで、家へ向かおうと、足を進ませれば、前から男の人が、僕の方へ駆け寄ってきた。
「すみません」
「はい、何ですか」
男の人は、おどおどした様子で、僕の顔を見ると、困っているんです。といった感じに、眉をハの字に曲げる。ここら辺の人じゃないのかな、なんて思いながら、僕は、星埜くんなら話を聞いてあげるだろうって思って、男の人の話を聞いてあげることにした。
「道に、迷ってしまって。よければ、教えていただけませんか」
「いいですよ。何処に行きたいんですか?」
「えっと、そうですね……水縹探偵事務所に行きたいんですが」
「水縹……僕の」
父さんの探偵事務所の名前だった。まあ、もっと短くいえば僕の家。僕の家の一階。
ちょうど、そこに帰る予定があったし、僕は、男の人に笑顔を向けて答える。
「分かりました。僕もちょうどそこにいくのでついてきて下さい」
「ああ、助かります」
と、男の人は、満面の笑みを僕に向けた。