「恵ちゃん! 恵ちゃん!」
声を掛け彼女の体を揺さぶると、「…………ん……」と彼女がうめく声が聞こえ、俺は安堵の息を漏らす。
「……涼……さん……?」
とりあえず無事らしい彼女の声を聞いた俺は、息を震わせながら吐き、彼女を抱き締めた。
「……りょう、……さん……」
いつもハキハキした口調だからか、ボーッとした恵ちゃんの声を聞いていると余計に悲しくなる。
遅れて、頭を打っているかもしれない可能性に気づき、彼女の顔を覗き込んだ。
「ごめん。揺さぶってしまったけど、頭は痛くない?」
「あー……と、……殴られたから痛い、です」
「殴られた」
俺は思わず彼女の言葉を反芻し、顔も分からない犯人に殺意を抱く。
「他は何をされた?」
「……首を絞められて……、不意打ちを食らったから相手の顔は分からないんです。……あれがオトされたってやつか……」
襲われた割に冷静な恵ちゃんの言葉を聞きながら、俺は頭の中で犯人の首をギリギリと絞め上げた。
「とりあえず、無事で良かった。いま救急車が来るから、もう少し待ってよう」
そう言うと、彼女はギョッとして我に返ったようだった。
「救急車って大げさです」
言ってから彼女は周囲を見回し、立ちあがって電気をつけようとする。
彼女が手を延ばした先にスイッチがあったのでそこを押すと、パッと電気がついた。
改めて明るい場所で見た恵ちゃんは、髪を乱していささか顔色を悪くし、見ていて胸が痛い。
「君は強盗に襲われて、頭を殴られた。病院で検査を受けるべきだし、警察にも事情を話すべきだと思うよ。一緒にいるから、一つずつ解決していこう」
冷静に伝えると、彼女は「そうですね」と頷いた。
「……恵ちゃん、盗られた物はないか確認して」
言われて彼女はバッグの中を確認し、しばらくしてから「……あー……、スマホ……」と溜め息をつく。
(やっぱり尊の言った通りか)
俺は内心で呟き、念のため確認する。
「他は? 財布とか」
「……大丈夫みたいです。……中身も大丈夫」
確認したあと、彼女は家の中も確認しようと、ゆっくり立ちあがる。
「大丈夫?」
「はい。まだちょっと頭痛はありますが、異常はないと思います」
受け答えをしたあと、彼女は部屋の奥へ向かい、ざっと中を見て溜め息をつく。
「特に荒らされてないみたいです。……スマホだけ持ってったの……? めんどくさ」
彼女は荒っぽい溜め息をつき、髪を掻き上げる。
と、その時サイレンの音が近づいてきた。
「保険証はある? 病院代は俺が出すけど、保険証だけ持っていてほしい」
「あ、大丈夫です。いつもお財布の中に入れてるので」
そのあと救急車に乗る乗らないで少し揉めたあと、彼女は玄関の鍵をかけてから救急隊員と共に救急車に乗った。
あとから車でついていく俺は、恵ちゃんに朱里ちゃんの誘拐をどう伝えようか考えながら、彼女の無事を祈った。
**
男達につれて行かれたのは、都内のどこにあるか分からない、|人気《ひとけ》のないライブハウスだ。
私はスマートウォッチが通話状態になっているのを悟られないように、パーカーの袖を手で押さえ続けていた。
その状態で両手を後ろで縛られた私は、車から降ろされる。
「こっち来い」
腕を引っ張られてライブハウスの中に入ると、ガランとした空間に一脚だけパイプ椅子が置かれてあった。
(うわあ……)
私は映画でしか見た事のないシチュエーションに戦慄を抱きながら、どうやってここから逃げだし、尊さんに気づいてもらうかを考える。
「座れ」
命令され、ひとまず大人しく椅子に腰かけると、足もパイプ椅子に縛り付けられた。
身動き取れなくなったあと、総勢四人の男が私の前に立つ。
ここで泣きわめいたら負けだと思った私は、尊さんが助けに来てくれる事を信じてグッと彼らを睨み付けた。
「こえー女」
「すげー強気だな。美人だし、こういうのに言うこと聞かせると余計に燃えね?」
頭の悪そうな会話を聞た私は、男達が物凄い凶悪犯である可能性は低いと感じた。
私は尊さんの婚約者で、その後ろには篠宮フーズ、HAYAMIという大企業がある。
その旨みを活用せず、私の見てくれなんかに気を取られているようじゃ、三流もいいところだ。
――と、一人が目出し帽を脱いだ。
コメント
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犯人はプロではなく、素人⁉️ 身代金目的ではなさそう....🤔 尊さん、お願い🙏 早く来て~~!!!