テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
仁人は、夏でも長袖を着る。
最初は、なんとなく気になっただけだった。
暑くないのか、とか。
なんで脱がないのか、とか。
でも、それを聞くほどの関係でもない気がして、ずっとそのままにしてた。
教室で、隣の席。
シャーペンの音と、誰かの笑い声と、窓から入ってくる風。
全部、普通なのに。
横にいる仁人だけ、どこか違う。
「仁人」
「んー?」
軽い返事。いつも通り。
でも、目は合わない。
「……暑くない?」
「別に」
それだけ。
それ以上、何も言わせないみたいに、ノートに視線を落とす。
それで終わればよかったのに。
気づいたのは、偶然だった。
体育のあと、教室に戻ってきたとき。
誰もいないはずの教室に、先に戻ってた仁人がいた。
窓際で、ひとりで座ってて。
腕を、見てた。
長袖を、少しだけまくって。
すぐに戻したけど。
ちゃんと、見えてしまった。
見なかったことにした方がいいって、分かってた。
なのに、目が逸らせなかった。
「……何してんの」
声に出した瞬間、仁人がびくっとした。
ゆっくりこっちを見て、少しだけ困ったみたいに笑う。
「なんもしてないけど」
嘘だと思った。
でも、それ以上言えなかった。
その日から、長袖がやけに目につくようになった。
袖を引く仕草とか。
手首を隠す動きとか。
気づかなかった頃には戻れなくなった。
でも、本人は何も変わらない。
普通に笑うし、普通に話すし、普通に学校に来る。
だから、余計に分からなくなる。
どこまでが普通で、どこからが違うのか。
帰り道。
並んで歩いてるのに、距離が遠い。
話してるのに、何も届いてない気がする。
「勇斗」
呼ばれる。
「なに」
「……」
続かない。
言いかけて、やめる。
その繰り返し。
「なんでもない」
またそれ。
そればっかり。
本当は違うくせに。
言えばいいのに、って思う。
助けてほしいなら、言えばいいのに。
でも、それが言えない顔してるのも分かるから、余計に何も言えない。
どうすればいいのか、分からないまま。
ただ、隣にいることしかできない。
ある日、風が強くて。
仁人の袖が、少しだけめくれた。
一瞬だった。
でも、ちゃんと見えた。
目を逸らした。
見てないふりをした。
そのまま歩き続けながら、何も言わなかった。
言えなかった、が正しいかもしれない。
触れたら壊れそうで。
でも、もう壊れてる気もして。
どっちにしても、遅い気がした。
それでも。
それでも、ひとつだけ。
言ってほしい、って思ってる。
ちゃんと、こっち見て。
「助けて」って。
その一言だけでいいのに。
たぶんそれが一番、難しい。
#YJ
みー
1,309
96
コメント
1件
うわあ…めっちゃ切ない…😭💦 「見て見ぬふり」と「でも気づかずにはいられない」の間で揺れる勇斗の気持ち、すごく伝わってきたよ。 仁人の「なんでもない」って返しが、むしろ何かあるって言ってるみたいで辛い。 「助けて」って言わせたいのに、言えない空気が重くて、でも優しい…。 続きで2人がどう変わっていくのか、すごく気になる😢✨