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第47話:口座引き落とし前夜〜カウントダウンと、眠れない四十歳〜
四月の中旬。
帯広市にもようやく遅い春の気配が漂い始めた、ある日の深夜二時。
四畳半のボロアパートは、しんと静まり返っていた。
部屋の隅に積まれた大福食品の『限界みそラーメン』のダンボールの影が、街灯の光に照らされて不気味に伸びている。
俺は万年床の布団を頭まで被り、暗闇の中でただ一人、スマートフォンが放つブルーライトに顔を照らされながら、血走った目で画面を凝視していた。
「……はちじゅうよんまん、ごせん、にひゃくえん」
うわ言のように、その数字を口の中で反芻する。
画面に表示されているのは、オンラインバンキングの残高と、明日の日付で設定された『振替納税(自動引き落とし)』の予定明細だった。
『引落予定:国税(ショトクゼイ) 845,200円』
「……あぁ、ああぁっ……」
俺はスマホを胸に抱きかかえ、布団の中で胎児のように丸まった。
明日だ。
ついに明日、あの税務署で叩き出された無慈悲な数字の第一陣、すなわち「所得税」が、俺の愛する預金口座から問答無用でかすめ取られるのだ。
あの地獄の確定申告から約一ヶ月。
俺が「税金が払えねえ!」と泣き叫んだ結果、狂ったアリス騎士団と常連リスナーたちが、足りない分を補って余りあるほどのスパチャの雨を降らせてくれた。
おかげで、口座の残高自体は三百万円台という、四十年の人生で見たこともない夢のような数字に回復している。
払える。払えるのだ。
頭では分かっている。「これは俺の金じゃない、国に預かってもらっていただけの金だ」と、鈴木さん(鉄面皮の鬼教官)にもこってり絞られたじゃないか。
だが。
頭で理解できても、俺の『四十年間染み付いた底辺の貧乏魂』が、全力で引き落としを拒絶していた。
「八十四万だぞ……? 約八十五万だぞ!? あの三十一万八千五百円の無駄に光るゲーミングPCが、もう三台も買える金額だぞ! 牛丼なら何杯食える!? モヤシなら何万袋買えるんだよ!!」
俺は布団を蹴り飛ばし、ガバッと起き上がった。
ダメだ、眠れない。
目を閉じると、諭吉の大群(八十五人)が「ルシフェル様、今までお世話になりました」と涙ながらに俺の口座から歩き去り、国税庁という名のブラックホールに吸い込まれていく幻覚が見える。
動悸が激しくなり、息が苦しい。金が減るという恐怖が、物理的なストレスとなって俺の肉体を蝕んでいた。
「くそっ……! 一人で起きてても頭がおかしくなりそうだ!」
俺は這うようにして万年床から抜け出し、部屋の中心に鎮座する三十一万八千五百円のゲーミングPCの電源ボタンを押し込んだ。
フォォォン、という静かなファンの音と共に、ケースの中が七色のLEDでピカピカと妖しく輝き始める。
俺はマイクを引っ掴み、ゲリラで深夜の雑談配信枠を立ち上げた。
タイトルは一つしかない。
『【不眠症】明日、俺の口座から八十四万円が消滅します』
深夜二時半だというのに、配信開始の通知が飛んだ瞬間、ミリオンVTuberの威力を証明するかのように、続々とリスナーたちが集まってきた。
『深夜にどうしたおっさんww』
『タイトルで草』
『処刑前夜キターーー!!』
『おっさん、顔が死んでる(※アバターはイケメン)』
『ジェミニ先生、おっさんが現実逃避を始めました!』
コメント欄が、あっという間に滝のような速度で流れ始める。
俺は三万円のゲーミングチェアの上で膝を抱え、マイクに向かって掠れた声で話し始めた。
「……おい、お前ら。起きてるか。俺は今、人生で一番長い夜を過ごしてる」
『知ってるwww』
『明日の引き落としにビビって眠れない四十歳ww』
『金額がリアルすぎる』
『おっさん、それ俺たちが投げたスパチャだろ! 堂々と払ってこい!』
「うるせえ! お前らが投げた金だろうと、一度俺の口座に入った以上は『俺の金』なんだよ!!」
俺はカメラに向かって、血走った目で吼えた。
「いいか!? 八十四万だぞ!? 俺がコールセンターで胃に穴を開けながら、毎日毎日理不尽なクレーマーに頭を下げ続けて、やっと稼いでた手取りの何ヶ月分だと思ってんだ! それが、明日、朝起きたら、何の音沙汰もなく『スッ……』って消えるんだぞ! 泥棒よりもタチが悪いだろうが!!」
『泥棒じゃなくて国民の義務です』
『鈴木さん(有識者ニキ)が見てるぞww』
『税金に怒るおっさん、いつ見ても最高だな』
『国税庁「ちーっす、預かってた金回収しにきたでー」』
『合法的なカツアゲww』
リスナーたちは、俺の苦痛を最高のエンターテインメントとして消費し、深夜だというのに大盛り上がりだ。
「笑い事じゃねえんだよ! 俺はな、さっき布団の中で考えたんだよ! もし明日、銀行のシステムエラーで引き落としが実行されなかったらどうなるかって! そしたら俺は、全額下ろして帯広の山奥に穴掘って埋めてやるってな!!」
『完全に脱税思考で草』
『マルサ(査察部)が来るぞww』
『山に埋めてもジェミニ先生に怒られるだけだぞ』
『鈴木さんに分厚いバインダーで殴られる未来が見える』
俺が支離滅裂な妄想(犯罪一歩手前)を喚き散らしていると、チャット欄に一際目立つ極彩色のエフェクトが飛び込んできた。
『スーパーチャット:10,000円(明日の口座の葬式代です! 供養してね!)』
『スーパーチャット:50,000円(騎士団より! アリスちゃんを救った英雄の悲鳴が心地よいので、香典置いときます!)』
『スーパーチャット:5,000円(来年の税金も楽しみだなぁ!)』
「だから!!! 投げるなァァァ!!!」
俺はマイクが割れるほどの声で絶叫した。
「香典って言うな! 縁起でもねえ!! それにお前らが今投げたこの金は、全部『今年の売上』になるんだよ!! 今年の売上が増えれば、来年の税金がまた跳ね上がるだろうが!! 何回同じこと言わせんだバカヤロウ!!」
俺の悲痛な叫びを無視して、画面には次々と『香典(という名の課税対象)』が投げ込まれていく。
助けてもらった恩はあれど、この無限納税ループの恐怖は、引き落としを目前にした俺のメンタルを容赦なく削り取っていった。
「あああぁ……もう嫌だ。時間が進まないでくれ。ずっとこのまま、深夜二時のままでいてくれ……」
俺は机に突っ伏し、七色に光るパソコンの熱を感じながらすすり泣いた。
『おっさん、時計見ろ』
『もうすぐだぞ』
リスナーの残酷なコメントに促され、俺はモニターの右下に表示されたデジタル時計を見た。
時刻は、午前三時。
銀行によっては、早朝のバッチ処理で日付が変わった直後に引き落としが実行されることもあるという、有識者ニキからの恐ろしい情報(宣告)を思い出す。
「……来る。来るぞ、国家権力が。俺の口座に、手を突っ込んできやがる……ッ!」
俺はスマホを握りしめ、オンラインバンキングの更新ボタンを、親指で狂ったように連打し始めた。
ロード画面のくるくる回るアイコンが表示されるたびに、心臓が口から飛び出そうになる。
「頼む、減らないでくれ! まだそこにいてくれ! 俺の諭吉ィィィ!!」
帯広市の四畳半に、金に執着する四十歳の断末魔が響き渡る。
窓の外では、少しずつ東の空が白み始め、夜明けが近づいていた。
それはつまり、俺の八十四万五千二百円が、永遠の旅立ち(納税)を迎える瞬間が、すぐそこまで迫っていることを意味していたのだった。
コメント
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みぅです🥀 第47話、読み終えました〜! もうね、おっさんの「金が消える」って発狂っぷりが最高すぎて、深夜だってのに声出して笑っちゃったよ(笑) 「俺の諭吉ィィィ!!」って叫びながらオンラインバンキング連打してるところ、貧乏性の鏡すぎて愛おしくなる…。リスナーが香典スパチャ投げるのもカオスで笑ったけど、その金がまた来年の課税対象になるって無限ループ、まさに地獄だねww 帯広の四畳半で夜明けを迎えるおっさんの姿、ちゃんと目に浮かびました。続き、気になる〜!🤍
ゆうき あきや
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厚揚げ衣
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なんたろ
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いちご@ホロオタ×ぴちりす
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