教会裏手にある『大樹』周辺に広がる農園及び複数の建物は『暁』の心臓部と言える場所であり、最も堅牢に守られている。周囲は獣害対策で高い柵に囲まれており、更にその周囲には広範囲に塹壕が張り巡らされ、更に四方には視界の良好な見張り櫓がいくつも立ち並び厳重に警戒されている。加えて、塹壕周辺には『帝国の未来』に記されていた有刺鉄線による鉄条網が敵の行動を制限するべく張り巡らされていた。
またこれらの陣地にはドワーフのドルマンが自作中の旧式ではあるが機関銃や大砲が巧妙に配置されており、鉄壁と呼ぶに相応しい要塞と化していた。これは数年前から定期的に行われている襲撃に対応するための物で、繰り返される度に戦訓を絶えず取り入れた結果である。
もちろんこれには『暁』を率いるシャーリィの異常なまでの軍備拡張方針が、多大な影響を与えたのは言うまでもない。
数日前に『オータムリゾート』からバルモスの不穏な動きに関する情報を得ていた『暁』は、後がないバルモスが直接的な手段に訴える可能性を重視していた。港湾エリアで騒ぎを起こせば『海狼の牙』が出てくるため桟橋などを攻撃する可能性は低いと考えたが、万が一に備えてエレノア率いる海賊衆が警備。
対して教会と農園は『暁』の心臓部。周囲には何もなく騒ぎを起こしても他の組織を刺激しないことは事実であり本拠地を狙ってくると想定して守りを固めていた。何より、シャーリィが負傷して身動きが取れず避難が難しい事実が幹部連の覚悟をより強固にしていた。結果、『暁』の全兵力を集結させて襲撃を待ち構えていたのである。
そうとは知らぬバルモス。彼にも勝機はあった。動員したとは言えそれを巧妙に統率すれば数の差で『暁』に甚大な被害を与える可能性はあったのだ。しかし、後がない彼は焦りから短絡的な正面攻撃を選択。また塹壕という概念が普及していないこともあり真正面から攻め込んでしまった。
その結果は、まさに一方的な蹂躙と言えた。
「弾倉交換急げ!敵はまだまだ居るぞ!」
『暁』側も敵が正面攻撃をしてきたことに動揺こそ見られたが直ぐ様立て直し、手回し式のガトリングと塹壕から歩兵団による小銃射撃によりバルモス配下を次々と薙ぎ倒していった。エルダス・ファミリー構成員は銃を装備していたが塹壕に潜み射撃する歩兵や巧妙に隠蔽されたガトリングに対して無力。更に鉄条網によって動きを制限された彼らは右往左往するしかなかった。
「まるで戦争だな、こりゃ。暗殺とかを警戒してたんだがなぁ。まさか真正面から来るとは」
マクベスに指揮を任せて幹部連は見張り櫓に待機しており、その風景を眺めながらベルモンドが呆れたように言葉を漏らした。
「暗殺などを警戒して全ての人員を本拠地に戻しましたが、まさかこうなるとは。バルモスとは馬鹿なのですか?」
「小賢しさはあった筈なんだがな、クリューゲがよっぽど怖いんだろうさ」
シスターカテリナの問い掛けにベルモンドは呆れながら答える。
「こうも一方的では、些か同情してしまいますなぁ」
「同情等無用ですぞ、ロウ殿。奴等はお嬢様を害した者達なのですからな」
「そうでしたな、セレスティン殿。ならば当然の報いと諦めていただきましょうなぁ」
セレスティン、ロウの年配組が感想を漏らす。
「やっぱりベルト給弾式が良いな。弾倉形式だと、装填に時間が掛かる。それに、引き金を弾くだけで撃てるオリジナルには遠く及ばんよ」
射撃風景を観察しながらドルマンは溜め息を漏らす。初期型のガトリング銃はライデン社製の機関銃に大きく劣り、目指すべき目標が未だに遠いことを痛感させられた。
「俺からすれば充分に強力な武器に見えるんだが?」
「こんなもんじゃ満足できないな。なにより、嬢ちゃんが納得しないだろ。オリジナルに劣るなんてな。まだまだ先は長いぜ」
ベルモンドの感想にドルマンは苦い顔をして答えた。
幹部連が穏やかに語り合っている間も虐殺は続く。
「うげっ!」
「ぎゃあっ!」
襲撃者達が次々と打ち倒されていき、死体の山を築きつつあった。
「バルモスさん!どうするんだよ!?こんなの聞いてないぞ!」
地面に伏せながら部下の一人が抗議の声をあげる。
「俺だって知るもんかぁ!楽な仕事の筈だったのに!」
バルモスもまた混乱していた。暗黒街ではまず起こらないまるで戦場のような戦いに引きずり込まれて一方的に嬲り殺しにされている現状はどう考えても異常だった。
「これじゃ戦争じゃねぇか!俺たちは軍人じゃないんだぞ!」
「どうするんだよ!?町で集めた奴等も逃げ始めたぞ!」
甘言に惑わされたチンピラ達は恐れおののき、逃げ出していく。その背中を容赦なく銃撃が襲い死者は増え続けていた。
「こんなところで死ねるか!あいつらを盾にして逃げるぞ!後の事は生きてたら考える!」
「ああ!そうしよう!」
エルダス・ファミリー構成員達はチンピラ共を盾に逃げ始めた。
「あいつら俺達を捨てて!?ぐぁあっ!?」
「畜生!畜生ぉっ!」
先頭に立っていたチンピラ達は逃れる術もなく一方的に蹂躙されていく。
「仲間に見捨てられるとは、哀れな。だが慈悲は無用だ。一人残らずに始末しろ!」
その光景を見ながらも、マクベスは無慈悲な指示を出す。それに応じて『暁』の歩兵達は攻撃を継続。最後には弾薬節約のために地面に伏せる襲撃者に近寄り銃剣で突き刺して始末して回った。
ごきげんよう、シャーリィ=アーキハクトです。撃たれた脚の怪我は問題もなく順調に回復していますが、皆さんの過保護モードにより私はお留守番です。外から激しい銃声と悲鳴が響いています。皆を信じているとは言え、なにもしないのは落ち着きませんね。
「始まったみたいだな、シャーリィ」
「ルイは参加しなくて良かったんですか?」
そう、ルイは参加せずに残ったままです。
「シスター達が居るからな、俺が居ても足手まといになるのが見えてる。それに、もしもの時はシャーリィを連れて逃げなきゃならねぇからなぁ」
「そのもしもが起きないことを願いますよ」
「ん、待て。足音だ」
確かに、誰かがこちらに…この聞き慣れない足音は…。
そう考えていると、部屋の扉が開いて小さな女の子が現れました。
「アスカ…?おっと」
アスカは私に駆け寄り抱き付いてきました。
「なんだ、アスカかよ」
「どうしましたか…?ビックリしちゃった?」
抱きしめていると、身体が震えているのが分かります。頭の耳も伏せていますね。これはこれで可愛らしいですが…銃声に怯えているみたいですね。
「大丈夫です、この音は悪い人をやっつけている音です。もう誰もアスカに酷いことはしませんよ」
背中を擦りながら出きるだけ優しく語りかけます。
そう言えば、レイミはしっかりした娘でしたから怯えて抱き付いてくるなんて事はなかったですね。何だか新鮮です。
「安心しろよ、アスカ。もうすぐお前に酷いことした連中はあの世に行くからよ」
アスカが僅かに頷くのを感じました。頼ってくれるのは嬉しいものです。少しずつ心を開いてくれればそれで。
外の惨劇を気にせずシャーリィは保護した少女アスカを落ち着かせるように撫でながら穏やかに過ごすのだった。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!