### 第9章 異人専用アプリ
《ピン! 毀容鬼(悪鬼)死亡。鬼オーラ+99》
女鬼の首が床を転がり、切断面から黒い煙が湧き上がった。江島龍が妖力を込めた包丁の一撃は、物理的な切断だけでなく魂の核心まで断ち切っていた。女鬼の身体は急速に腐敗し、灰白色の粉末となって消散していく。
廊下で息を殺していた神宮寺鈴は、首の落ちる鈍い音に肩を震わせた。爪先まで力が入り、ネイルが掌に食い込む。「あの人は……私を守るために……」彼女の桜色の唇が震え、無意識に下唇を噛みしめた。「凡人なのに鬼に立ち向かうなんて……どんな覚悟だったの?」
502号室に駆け戻ると、予想外の光景が広がっていた。江島が男屍の頬をパチパチと軽く叩きながら、「おい、兄弟? まだ幽霊になってないのか? 法事まで待つのか?」と独り言をつぶやいている。
「あなた……奇人だったのね」鈴が驚愕の声を漏らす。壁に飛び散った黒い血痕が、彼のシャツには一滴も付着していない。
江島は無邪気に肩をすくめた。「爺さんと山奥で暮らしてたから、奇人界の事情はさっぱりでね。解説してくれる?」
鈴はスマホを取り出し、翡翠色のストラップが揺れた。「道盟と陰曹が共同運営する『冥府アプリ』よ。招待コード『GH-4859』を送ったわ」
**冥府アプリ画面解説**
**配色**:背景は漆黒に赤い彼岸花の模様
**メニュー**:
▶霊障報告(写真アップロードで自動判定)
▶闇市場(呪具/式神/情報売買)
▶百鬼図鑑(妖怪データベース)
▶陰陽掲示板(実況スレ多数)
江島が女鬼の残骸を撮影すると、アプリが自動解析を開始。
《解析中……悪鬼(中級)確認》
《報酬:50冥珠》
「冥珠は奇人界の共通通貨よ」鈴が補充説明する。「あの包丁は『鬼器』だから、陰曹の買取店で300冥珠程度になるわ。ただし……」彼女が眉をひそめる。「鬼気に汚染された品は精神を侵す危険があるから、素人が扱うのは禁物よ」
突然、六階から不気味な気配が漂って来た。鈴が騒然とする。「勘違いさせたわね……この棟に潜む真の鬼は、あの女鬼じゃないよ」
江島の目が狼のように鋭く光る。「どこだ?」
「少なくとも上級悪鬼……いや、凶鬼の可能性も」鈴が肩の傷に触れる。「私の『金光咒』すら一撃で破った。今の戦闘力では……」
「逃げるわけにはいかん」江島が階段を駆け上がる。「爺さんが教えてくれた『力ある者に弱者を守る義務あり』……この棟の住民を守る!」
六階602号室の鉄扉には錆びた看板が斜めに掛かっている。
【エンジェル美容外科──あなたの理想を現実に】
室内には美容ベッドが三台、壁には整形前後の比較写真が無数に貼られていた。全て同一人物──張芽美の写真だ。術前の丸顔が、次第にVラインの彫刻的な顔へ変化していく。
「ここで仕掛けをしていたら襲われたの」鈴が器具棚の陰に隠れた。「包丁ではなく……ナイフのような鋭利な武器で」彼女の左肩の裂傷が脈打つように疼いた。
601号室の鋼鉄ドアには新しい鍵穴が光っている。インターホンを押すと、軋んだ女声が返った。「夜に何のご用ですか?」
鈴が警察手帳の偽造品を隙間から差し込む。「警視庁特殊事案課。連続傷害事件の参考人聴取です」
「警察?」室内でガサガサと音がした。「ちょっと待ってね……今開けるから」
ドアノブが回り始めた。
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