スタートラインを超えてしばらくが経ち――
私は、ただ前を見て 建物を目指して進んでいた。
天秤は、常に注意しなければすぐに傾いてしまう。 この体の体勢はキツいけど、命がかかっているから ここは気を緩められない。
私がふと視線を右に向けると、爽牙くんが 私の一歩先を進んでいるのが見えた。
彼もしばらく何も発せず、ただひたすら歩いていた。
そんな中、恐れていたアナウンスが流れた。
『残り2分だ。それと、建物までの距離は 後15mほど… 今から道が平坦では無く、段差の多い道に切り替わる。』
『それによく注意して進むことだ。』
松中は、ミッションを出している側だけど、何かと私達に注意を促す行為もよく見られる。
味方なのか、敵なのか… 私はそんな曖昧な考えを 未だ持っていた―――。
――しばらくして
私達は、どちらも もうすぐでゴールの建物に辿り着く所まで来ていた。
先程からアナウンスは流れず、ゴールを目前としても、私達は冷静だった。
そんな私達に、松中から ゴールのアナウンスが流れた。
『今現在、二人は建物のゴールに到着した。よって、ミッションクリアとする。』
その声を聞き、私達は思わずハイタッチをして 喜んだ。
でも、まだ安心してはいけない。
ミッションは、まだまだこれからのはずだから―――。
だけど、不思議だ。
命を賭けているのにも関わらず、何故だか スリルが感じられない。
いや、そもそも焦りの意が無い。
いつも通りの会話も出来るし、いつも通り 落ち着いている心・体。
――それは、常に ミッションを共にクリアする『仲間』の存在があるからなのかも知れない。
それは爽牙くんであり、他の人には代われない、大切な存在だ。
私は今ここで、仲間がいる事の大切さを学んだんだ―――。
そんな複雑な感情に陥っていた私だけど、爽牙くんの言葉によって 我に返った。
「ミッション、最後まで頑張ろうね――!」
「! うん!」
私達は 余裕の笑みを交わし、アナウンスを待った――。
―――天秤のミッションのクリアから 数時間
私達は、その後も 着々とミッションをこなしていった。
命を賭けているという責任感から、ミスは余計に重大だ。
だからか、二人共 ミスは一度もおかさなかった。
そんな私達に、指示者である『松中』でさえ、焦った感情が もろに声になって出ていた。
何なら私達の方が落ち着いているのでは無いか、というぐらいだった。
そして順調にミッションは進んでいき、とうとう 念願のアナウンスが流れ始めた―――。
『――貴様ら、なかなかの冷静さだ。ミッションも全てクリアし、ラストの難易度5のミッションもあっけなくクリア――』
『一体どうなっているのか―――。 やっぱり、人を試すのは面白くて仕方無い。』
松中はきっと、私達が全部クリアするとは思ってもみなかったんだろう。
たぶん私達が、最初の実験台だから。
でも、まさかのミッション全クリア―――
それに、彼は驚きを隠せていないようだ。
逆に言うと、最初に実験台にされておくことで これからの難易度が上がったミッションをせずに済んだ、という事でもある。
これは少しラッキーかも知れない。
『――しょうがない。二人の命は貰ったつもりでいたが、返すことになってしまった。』
つまり、私達は地球に帰れる―――?
『地球に帰してやろう。もう二度と 異世界には来れないだろうから、浜辺をしばらく楽しむと良い。』
『___では、私はここで去ることにする。さらばだ、貴様ら―――。 』
彼は 名残惜しそうに声を漏らした。
その後すぐに、プツン、という音が聞こえた。
これで 松中に会うことは一生無くなる。
そして――― 地球に生還できる………っっっ!!!!
嬉しくて嬉しくて、言葉にならない感情だ。
それは爽牙くんも同じで、ポカーンと浜辺を見渡し、何故か紫の貝殻を拾い集めていた。
「爽牙くん――! 今日はありがとうっ!」
「え、何が?」
「一緒にミッションをクリアしてくれて――!」
「当たり前じゃない?そんな事。 だって、一緒にクリアするミッションなんだから。」
彼は 地球に帰れるというのにも関わらず、未だ冷静さを保っている。
私は 飛び跳ねたいくらいに感情が爆発しそうなのに―――
小4とは思えない 余裕っぷりだ。
だけど私は、さっきに引き続いて言葉を口にした。
「―――でも私、きっと爽牙くんが居ないと クリア出来てなかったと思う。」
「爽牙くんが冷静なおかげで、私も落ち着いていられたから―――!」
「だから、それも合わせて感謝したくて!」
「そう……」
爽牙くんは意味深い笑みを浮かべて、たった一言を発した。
その言葉の奥には 何か込もっているような気もするし、単なる 率直な笑い顔にも見える。
彼の表情は、私には読み取れない物だ。
でも爽牙くんは、私に驚愕の事実を告げた。
「でも僕、楽しかったよ。」
「え……!?」
「静乃と一緒に居れて、楽しかったよ――!」
「!」
“静乃と一緒に居れて、楽しかったよ――!”
その言葉が 私の頭を何度も何度もよぎり、離れない。
なんでこんなに嬉しくなってるんだろう、私―――。
爽牙くんと出会ってから、些細な言葉に 敏感になっている気がするのは 気のせいでは無いようだ。
これは爽牙くんにだけの思いなのか、そうでは無いのか―――。
それは、私も分からなかった。
そして、彼はもう一度言葉を発した。
それは、私を現実に落とし入れる言葉だった_____。
「――でも地球に帰ったら、静乃とは会えないかも____。」
「あっ……」
すっかり忘れていた、絶対に嫌なこと____。
でも現実を見ないと、一生彼のことで 頭が埋まっていそうな気がする。
それは嫌だけど、会えなくなるのも嫌―――!
私、どうすれば良いの―――!?
また 最初のパニックに陥ろうとしていた時、彼が 私にとって 今一番安心できる言葉をかけてくれた___
「大丈夫、きっと会えるよ。いつか、きっとね―――!だから、希望持とうよ。」
そんな力強い言葉に押され、私も 思っていた事を全て吐き出した。
あまり触れたくなかった事だし、叶わないことは分かってる―――。
だけど、言わないと一生の後悔になる。
言うのは、今しか無い―――!!
「―――爽牙くん。」
「ん?」
「私_________、」
“爽牙くんの事、好きだよ―――!”
「!?」
その私の言葉に、彼は初めて冷静さを失った。
目が真ん丸になり、新しい彼の一面を見た。
でも私は、更に言葉を続ける。
「爽牙くんのその性格とか、優しい言葉とか―――」
「全部全部、好きなの――― 今分かったの、私の心情。」
「ずっと好きだったんだなって―――」
私は これ以上の言葉が思い浮かばず、言葉が切れてしまった。
そんな私に、彼は言葉をかけてくれた。
「――僕、今日初めて思った事がある。」
「…?」
「これまでは 自分の感情なんて押し殺してたんだ――」
「事実しか見てこなかったから―――。」
「でもね、静乃――」
「!」
私の名前を呼ばれ、ミッションの時よりも 静かな空気に 思わず息を呑む。
そして、たった一言が告げられた。
“僕、今日 初めて恋をしたよ。”
「!!」
「ありがとう、静乃―――!」
「僕は君のこと、絶対一生忘れない。」
「愛してるよ―――!」
「爽牙くん―――、」
私の頬には、気付けば涙が何滴も伝っていた。
表では笑っている。でも、心では泣きじゃくっている。
ただそれだけしか出来なかったんだ。
そして最後に言えた言葉は、「愛してる」という事だった―――。
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