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第4算話 返せなかった珠
勝ったはずなのに、帰り道の坂は少し歩きにくかった。
上りに変わっただけではない。
足が重いのとも違う。
紙袋の中で珠が触れ合うたび、その音が、さっき空き地で返せなかった言葉のつづきみたいに鳴った。
持ってる方がカッコいい。
何度も頭の中で転がる。
丸いものが器の底で逃げ場をなくすみたいに、同じ言葉が何度も同じところへ当たる。
ローリエは坂を上がりながら、一度だけ紙袋の口をのぞいた。
ラムネの横。
棒きなこの箱の影。
そのすきまに、水色の玉と茶色のふちのおはじきが包み紙ごしに固まっている。
返すつもりだった。
たしかに返すつもりだった。
掌へ乗せて、ほら、と差し出した時、そのまま手が前へ進むつもりだった。
なのに、相手の言葉が先に来た。
持ってる方が。
その一言で、自分の手がどこへ置かれるべきなのか、急に分からなくなった。
坂の途中で風が吹いた。
木の看板が揺れる音がして、ローリエは顔を上げる。
駄菓子屋は、行きに見た時と変わらない顔でそこにあった。
戸の木枠。
少し曲がった看板。
店先の箱。
ガラスの向こうの菓子袋。
けれど、今はただの店に見えない。
見えなくなってしまった、という方が近かった。
ローリエは戸を開けた。
鳴る音は、最初に来た時と同じだった。
けれど、耳に入る深さが違う。
甘い粉のにおい。
しょうゆせんべいの乾いたにおい。
古い棚の木と、紙箱のほこりと、缶のふたの鉄っぽい気配。
その全部が、今はひとつ内側へ入ってくる。
「おや」
おばあちゃんがレジの向こうで顔を上げた。
「早かったね」
ローリエは、ただいま、と言いかけてやめた。
自分の家でもないのに、その言葉が変に近く思えたからだ。
「……戻ってきました」
「見りゃ分かるよ」
おばあちゃんは笑いもせず、でも少しだけ目尻をやわらげた。
「ラムネでも足りんかったかい」
ローリエは首を振った。
「珠が」
言ってから、続きを少し探した。
「返せなくて」
店の中が少しだけ静かになった。
もともと静かな店なのに、今の一言で別の静けさがひとつ増えた。
おばあちゃんはレジの下から布巾を出し、珠の並んだそろばんの横を静かに拭いた。
すぐには何も言わない。
その黙り方が、ローリエを焦らせはしなかった。
「返そうとしたんです」
ローリエは続けた。
「でも、持ってる方がカッコいいって言われて」
おばあちゃんの手が止まらない。
珠のきわを拭く時だけ、布の端が少し細くなる。
「持ってる方が」
「はい」
「ふうん」
返事はそれだけだった。
ローリエは紙袋をレジへ置いた。
中で珠が鳴る。
その音が、さっき空き地で聞いたより少し固く聞こえた。
「取り返したのはお兄ちゃんだから、って」
「そうかい」
「でも、それ、違う気がして」
おばあちゃんは布巾をたたんで、脇へ置いた。
「違うかい」
「……分からないです」
ローリエは自分の言葉に、自分で少しだけ苛立った。
分からない、ばかりだ。
勝ったはずなのに、そこから先の答えはひとつも持っていない。
おばあちゃんはレジの横のカンカンをひとつ引き寄せた。
ふたを開ける。
中には色の違う珠がいくつも入っていた。
緑、水色、灰色寄りの透けたもの、茶色に近い平たいもの。
その中から、おばあちゃんは何でもないみたいにビー玉をひとつ摘んだ。
丸い、ただの玉に見える。
レジの上へ、こと、と置く。
「これ、持ってってみ」
ローリエは少し戸惑いながら、そのビー玉を手に取った。
ひんやりしている。
重くはない。
ただのビー玉だ。
「それで、なにか起こるかい」
ローリエは玉を見たまま、首を振った。
「起きないです」
「持っとるだけじゃね」
おばあちゃんは次に、おはじきをひとつ出した。
薄い茶色のふちがある、平たいもの。
これもレジへ置く。
「じゃあ、これも」
ローリエはおはじきも手に取る。
掌の中で、丸いものと平たいものが触れた。
乾いた、小さな音。
でも、それだけだ。
「起きないです」
「そうじゃろ」
おばあちゃんはそろばんを手前へ寄せた。
「持っとるだけで何か起きるなら、うるさくて店なんかやっとれん」
ローリエは少しだけ笑いそうになって、でもうまく笑えなかった。
おばあちゃんは手を差し出す。
「貸してみ」
ローリエは掌の中のビー玉とおはじきを渡した。
おばあちゃんは、そろばんを少し傾けた。
夕方のひかりが木枠へ浅く差し、珠の列の片側だけを照らす。
「見とき」
その声はいつも通りだった。
まず、上段へ玉を持っていく。
上から滑らせる。
速くもなく、遅くもない。
ある場所で、ぴたりと止まる。
それだけで、さっきまでただの丸いものだった玉の見え方が変わった。
次に下段へおはじき。
下から押し上げる。
既存の珠の位置へ合わせる。
重なった瞬間で止める。
そこでもう、ただの平たいものには見えなくなる。
ローリエの指先が、無意識に少しだけ動いた。
自分の手の記憶が、その止まり方を追いかけている。
おばあちゃんは弾かなかった。
入れただけだ。
それでも、レジの上の空気が少しだけ変わる。
重くなったわけではない。
意味が立った感じだった。
何も起きていないのに、起きる前まで進んでいる感じ。
「これでやっと、持ち物じゃなくなる」
おばあちゃんが言う。
ローリエはその珠の位置を見つめた。
「じゃあ、あの子たちは」
「持っとる」
「でも、まだ……」
「うん」
おばあちゃんはそこで珠を外した。
上から抜き、下から戻す。
意味がほどけるみたいに、ただの丸いものと平たいものへ戻る。
「持っとるだけの時もある」
ローリエは黙った。
おばあちゃんは今度はそろばんをローリエの方へ向ける。
「自分で入れてみ」
ローリエはうなずいて、紙袋から自分の珠を取り出した。
緑の玉。
水色の玉。
茶色のおはじき。
さっき空き地で使ったものだ。
さっきまでと違うのは、今は急がなくていいことだった。
誰も泣いていない。
誰も今すぐ守らなくていい。
風も、用水路も、土もない。
あるのはレジの木と、夕方の店のにおいと、おばあちゃんの見ている目だけだ。
その目が、妙に難しかった。
見られているからやりにくい、とは少し違う。
外しても見ている。
入っても見ている。
そういう目だった。
ローリエは上段へ水色の玉を持っていく。
上から。
滑らせる。
止める。
少し浅い。
自分で分かった。
「違う」
口に出すと、おばあちゃんが短く言う。
「まだ、ただの玉じゃ」
ローリエは指を戻した。
さっき空き地でチョウへ言った言葉が、そのまま自分へ返ってくる。
通してるだけだ。
二度目。
少しだけ速く。
少しだけ深く。
そこで、止める。
入った。
次に下段へ茶色のおはじき。
下から。
既存の珠へ。
重なった瞬間で。
止める。
今度は一度で入った。
おばあちゃんの口元がほんの少しだけゆるむ。
「さっきよりましじゃね」
「さっき、より」
「町のどっかで使った顔しとるよ」
ローリエは少しだけ目を伏せた。
「見てたんですか」
「見んでも分かる」
それだけ言われて、ローリエは少しだけ悔しいような、でも納得するような気持ちになった。
おばあちゃんはレジ横の紙袋をひとつ立てた。
薄い紙でできた、何でもない小さな袋。
「弾いてみ」
ローリエは珠へ指をかける。
順番。
処理。
構造。
頭の中で言葉は並ぶ。
でも、指は言葉より少し遅い。
遅いのに、止める場所だけは見えている。
パチ。
音は小さい。
紙袋の口がふっと揺れる。
それだけだった。
でも、それだけで十分だった。
ただ持っていた時には起きなかったことが、入れて、止めて、弾いた瞬間に起きる。
「違う……」
ローリエが呟く。
「何が」
「持ってるだけの時と」
「うん」
「ぜんぜん違う」
おばあちゃんは頷いた。
「弾ける手んとこでしか、本当には立たんのよ」
立つ。
その言い方が、ローリエの胸のどこかへそのまま入った。
意味が立つ。
力が立つ。
ただの玉のままではなくなる。
「じゃあ、強いって」
ローリエは言いかけて、少し詰まった。
おばあちゃんは先を促さなかった。
だから、ローリエは自分で言葉を探す。
「持ってることじゃなくて」
店の外で、自転車のベルが短く鳴った。
坂を上がる足音が遠くで止まり、また動く。
「扱えること、ですか」
おばあちゃんはすぐには答えなかった。
代わりに、レジの下から古い紙箱を引き出した。
中には、何本かの細い棒と、欠けた珠、それからもう使わないらしい古いそろばんの枠の一部が入っている。
その中から、ひどく欠けた珠をひとつ取り出した。
色はもう分かりにくい。
水色だった気配だけがうっすら残っている。
「これ、昔よう飛ばした」
指先で転がす。
欠けたところへ夕方のひかりが溜まり、小さくくもる。
「でも、今はもう入らん」
ローリエはその珠を見る。
欠けている。
丸さが少し足りない。
止まるべきところで止まらないかもしれない形だった。
「持ってるだけなら、まだ珠だ」
「はい」
「けど、入れた時に立たんもんは、力になりきらん」
おばあちゃんはそれを箱へ戻した。
「持っとることと、使えることの間には、だいたい手間がある」
その言い方は、ローリエに少しだけ部活を思い出させた。
古い機械へ遊びを移す時もそうだ。
ただソフトを持っているだけでは動かない。
画面の大きさが違う。
音の鳴り方が違う。
押せる場所が違う。
そこを順に合わせて、直して、やっと立ち上がる。
持っていることと、動かせることは違う。
ローリエはそろばんの珠を見た。
自分が今、入れた位置。
水色と茶色。
上と下。
順番。
「位って」
口に出すと、おばあちゃんは、うん、と短く返した。
「最上位から右へ、ですよね」
「そう」
「左ほど構造を決める」
「そう」
「右ほど結果に近い」
「そう」
おばあちゃんはそこまで聞いてから、指でそろばんの左側を軽く叩いた。
「でも、左がえらいって話じゃないよ」
ローリエは目を上げた。
「え」
「左は先に決める。右は最後に出る。それだけ」
「でも、左が崩れたら」
「右も変わる」
「じゃあやっぱり」
「右が弱いと、左がきれいでも届かん」
おばあちゃんはそろばんを寝かせるみたいにして見せた。
左の列、右の列。
その並びが、夕方のひかりで少しずつ違う色に見える。
「骨だけでも立たん。皮膚だけでも歩かん」
その言い方に、ローリエは少し黙った。
たしかにそうだ。
頭の中で順番をいくらきれいに並べても、最後に出る形が弱ければ当たらない。
逆に、最後だけ強くしても、その前が雑なら途中で崩れる。
空き地でのチョウがそうだった。
詰めて、出して、当てようとはしていた。
でも途中が荒い。
止めるべきところがない。
だから、自分で乱していた。
「ご破算って」
ローリエはそこで、ずっと引っかかっていた言葉を出した。
おばあちゃんの目が少しだけ細くなる。
「聞いたかい」
「名前だけ」
「誰から」
「なんとなく、です」
本当は、なんとなくではない。
言葉そのものを聞いたわけではなくても、勝ったあとの空っぽさが、その名前を呼びたがっているように思えた。
おばあちゃんはレジ横の紙袋をどけた。
代わりに、古い板きれをひとつ立てる。
薄い木の板だ。
何度か何かを受けた跡がある。
「積むだろ」
「はい」
「掛けることもある」
「はい」
「で、持ってるものをまとめて前に出したくなる」
おばあちゃんの言い方は平らだった。
でも、その平らさが逆に重い。
「それが、ご破算」
ローリエは喉の奥が少しだけ熱くなるのを感じた。
おばあちゃんは今度、いくつか珠を入れた。
上段にひとつ。
下段にふたつ。
順番は見えないほど速くない。
でも迷いはない。
「見とき」
弾く。
さっきまでの小さな揺れとは違った。
紙袋を揺らすようなやわらかい現れ方ではなく、積んでいたものが一気に前へ出る感じがした。
レジの上の空気が短く押され、木の板が乾いた音を立てて後ろへ倒れる。
ローリエは息を止める。
倒れた瞬間、そろばんの中の並びが変わっていた。
いや、変わったというより、なくなっていた。
さっきまで意味を持っていた位置が、あっさりほどけている。
「全部、出る」
ローリエが言うと、おばあちゃんは頷いた。
「全部、出して、空になる」
「それ、強いですよね」
「強いよ」
「じゃあ、いつもそれで」
「空になったあと、誰が守るん」
その一言で、ローリエは黙った。
倒れた板。
空になった並び。
その間にある短い静けさ。
たしかに、強い。
でも、そのあとに残るものが少なすぎる。
「勝つ前に外したら、もっと寒い」
おばあちゃんは言う。
「なんもない手んとこへ、向こうの次が来る」
ローリエは空き地での自分を思い出した。
もし、さっきの戦いで、全部を一気に出して、それが当たらなかったら。
子どもの前で、手元が空になっていたら。
そのあとのチョウを止められたか。
答えはたぶん、すぐ出る。
止められない。
「危ないんですね」
「使う子が危なっかしい時もある」
「子、って」
「そろばんも珠も人も、たいてい危なっかしいよ」
おばあちゃんの言い方に、ローリエは少しだけ笑った。
でも、そのあとすぐに真顔へ戻る。
「じゃあ、どうやって決めるんですか」
「なにを」
「出す時を」
おばあちゃんは少しだけ考えるように目を細めた。
店の外で、風が看板をひとつ鳴らす。
「戻ってこられる時じゃないかね」
「戻る」
「空になっても、次を置ける時」
ローリエはその言葉を頭の中で何度か並べた。
空になる。
でも次を置ける。
それなら、ただの終わりではない。
部活の作業でも似たことがある。
古い機械へ移した遊びが、動いてはいるのに途中で崩れる時、いちど全部を止めて、いらないところを外して、そこから組み直す。
止めるだけなら終わりだ。
でも、戻れる形で止めれば、次へ行ける。
ご破算。
全部を出して、空になる。
でも、その先へ戻れるなら。
「……きれいだけど、怖い」
ローリエがそう言うと、おばあちゃんは笑わなかった。
ただ、うん、とだけ返した。
「きれいなもんほど、うっかり触ると切れる」
ローリエは、自分の珠をもう一度見た。
水色の玉。
茶色のおはじき。
緑の玉。
どれも、掌へ乗せているだけなら静かだ。
でも、入れて、止めて、弾けば、別の顔をする。
強さは持っていることじゃない。
扱えること。
たぶん、そうだ。
けれど、扱えることも、ただうまく弾けるだけでは足りないのかもしれない。
いつ積むか。
どこで出すか。
空になったあと、どう戻るか。
そこまで含めて、扱う、なのだろう。
おばあちゃんがふいに言った。
「返せんかった珠、見せてみ」
ローリエは紙袋から、預かった珠を出した。
水色の玉と、茶色のふちのおはじき。
どちらも子どもの手の熱を少しだけ覚えている気がした。
おばあちゃんはそれを掌へ乗せる。
しばらく転がしもしない。
ただ見ている。
「この子らは、まだ持たれとる顔しとるね」
「持たれとる」
「弾かれた顔じゃない」
ローリエは少しだけ眉を寄せた。
「見たら分かるんですか」
「長く見とるとね」
前にも聞いた答えだった。
でも今は、前より少しだけ遠くない。
おばあちゃんは珠を返す。
「その子らにとっては、まだカッコいい方が先なんじゃろ」
ローリエは受け取った珠を掌で閉じた。
丸いものと平たいものが、掌の中で別々の形を残す。
「それって、悪いですか」
「悪いとは言わんよ」
おばあちゃんはレジの上のそろばんを指先で軽く弾いた。
音は出ない。
珠がほんのわずかに揺れるだけだ。
「持っとることから始まる子もおる」
ローリエはその言葉を飲み込んだ。
始まる。
終わる、ではなく。
短い髪の子の、まっすぐな目を思い出す。
結び目のゆるい髪の子の、受け取りきれない手も。
坂の下の少年の、ひとつだけ返してと言った言い方も。
みんな違う。
でも、全員ただ飾りにしたいわけではなかった。
たぶん、自分の手の中に何かがある感じを、まだ手放したくなかっただけだ。
「じゃあ、ぼくが持ってるのも」
ローリエは少し迷ってから言った。
「今は、預かってるだけかもしれないですね」
「そうかもね」
「でも、使えるようにならないと」
「うん」
「意味が立たない」
おばあちゃんはそこで、少しだけ口元をやわらげた。
「いい顔になってきた」
言われて、ローリエは少しだけ照れた。
自分では分からない。
けれど、店へ戻ってきた時より、たぶん今の方が手の置き場が定まっている。
外はもう夕方だった。
ガラスの向こうの坂が、ゆっくりと色を沈めていく。
店の中の菓子袋が、薄いひかりを受けて少しだけくすむ。
ローリエはもう一度、自分のそろばんへ珠を入れた。
上から。
下から。
止める。
今度はさっきより素直に入る。
おばあちゃんは余計なことを言わない。
ただ見ている。
弾く。
紙袋が揺れる。
次に、レジの隅に置かれた軽い紙札が一枚だけ立ち上がり、ゆっくり倒れる。
「さっきより、前に出た」
ローリエが言うと、おばあちゃんは頷いた。
「考えながら止めたからじゃろ」
「考えながら」
「どこへ行くかだけじゃなくて、どこから来るかも」
どこから来るか。
ローリエはその言葉を聞いて、少しだけ背筋が伸びた。
処理順。
構造。
結果。
それだけで見ていた。
でも、その前にもある。
持ち主の手。
珠の癖。
そろばんの癖。
置く前の気持ち。
そういうものも、たぶん少しは混ざる。
店の奥で時計が鳴った。
短く、乾いた音がひとつ。
「帰りな」
おばあちゃんが言う。
「坂、暗くなるよ」
ローリエは珠を外して、紙袋へ戻した。
今度の音は、来た時より静かだった。
同じ珠なのに、少しだけ落ち着いた音に聞こえる。
「また来てもいいですか」
言ってから、少しだけ遅い気がした。
もう何度も来るつもりでここに立っていた気がしたからだ。
おばあちゃんはカンカンのふたを閉める。
「菓子買うならね」
それだけ言った。
ローリエは笑って、うなずいた。
戸を開けると、夕方の空気が店の中より少し薄かった。
坂の上から下へ、ひとの話し声が流れていく。
遠くで鍋のふたが鳴る。
自転車のブレーキが短く泣く。
町はいつも通りだった。
でも、ローリエの掌には、少し前までなかった感触が残っている。
上から入れる。
下から入れる。
そこで止める。
弾く。
空になるのは怖い。
でも、戻れるなら、終わりじゃない。
坂を下りながら、ローリエは紙袋の口を軽く押さえた。
持ってる方がカッコいい。
その言葉はまだ消えない。
でも、さっきまでとは少しだけ形が変わっていた。
持っていることから始まる子もいる。
なら。
扱えることへ進む道も、きっとどこかにある。
坂の途中で、ローリエは一度だけ振り返った。
駄菓子屋の看板が、夕方の風にひとつ揺れる。
その向こうに、レジのあたりの小さな灯りが見えた。
強さは、たぶん、光り方じゃない。
どこで止まり、どこへ出すかだ。
そう思った瞬間、紙袋の中の珠が小さく鳴った。
返事みたいな音だった。
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