波の音が心地よく、潮風は熱い日差しで焼かれた肌に染みこんでくる、そんな港に私達は無事転移することが出来た。身体の倦怠感もなく、魔力をごっそり持っていかれたという感じは今回なかったため。不思議に思って顔を上げれば遠くに皇宮が見え、城下町からさほど離れていないところに転移したことが分かった。
だが、私が魔力を持っていかれてないないだけで他の二人が持っていかれたりしてないかと、私はアルバとグランツの方を見た。
「アルバは、体調大丈夫?」
「はい、全然ぴんぴんしてます!」
と、アルバは、胸を叩いて自分は平気だと伝えてくれた。
「そもそも、私は下級貴族が使えるような魔法、魔力量しか持っていないので。持っていかれたとしたら、倒れていたかも知れません」
「そうなんだ」
まあ、見る限り魔法より剣術と力で物事を解決するような女性だから、魔力がなくても大丈夫だろうとは思う。しかし、アルバは浮かない顔をしていた。
「如何したの?」
「ですが、私から魔力が取られていないって事は、エトワール様から取られたのではないかと。主人から分け与えられた魔力で転移するなど、切腹してお詫びを」
そう言って、アルバは剣に手をかけたため、私は慌てて止めた。
相変わらず思考が過激だと、乾いた笑いしかでない。それぐらい忠誠心が強いって事には変わりないし、ありがたいことなんだけど。
「ほら、私も全然身体に異常ないし、大丈夫だって。ちゃんと、皆で帰られるぐらい魔力残しておくからね。アルバ、ちょっと落ち着こうか」
「え、エトワール様ぁ」
「はいはい、泣かないで……」
うるうると瞳を潤ませて、アルバは胸に手を当て敬礼をした。
「必ずや、エトワール様を守り、トワイライト様を救出して見せますから。お役に立って見せます」
「うん、ありがとう」
私は、アルバの頭を撫でてこれ以上感情が高まらないようにと、落ち着くまでなで続けてあげた。
でも、矢っ張り魔力があまり吸い取られていないと不思議で仕方がない。距離が距離なのかも知れないが、全く魔力を持っていかれた感じがしないのだ。アルバは魔力がなくて、アルベドだって三人、自分を合わせたら四人分の魔力を持っているわけでもないだろうし。
と、私は、グランツの方を見た。彼は大丈夫なのだろうか。
声をかけるのはためらわれたが、私は、グランツに一応大丈夫かと聞くことにした。彼も戦力だし、ここで倒れられたら困る。誰も運べない。
「グランツは」
「はい」
「グランツは大丈夫なの? その、魔力とか」
「はい、大丈夫です。俺は魔力がアルバよりもないので」
「そ、そう……」
グランツもいたって普通だった。疲れている様子も、魔力を持っていかれた様子もなかった。まあ、彼は平民出身で使える魔法はユニーク魔法の「魔法を斬ることができる魔法」だけだし、魔力はないと言っても過言ではないだろう。
だったら、誰の魔力を使ってここに移動したのだろうか。
私はちらりとアルベドの方を見た。アルベドの紅蓮の髪が潮風に吹かれて靡いており、まるで鯉のぼりみたいだと思った。多分その想像は、港、海を見て魚を想像したからだろうが此の世界の人に鯉のぼりと言っても通じないだろう。あと、普通に失礼かも知れない。
私はそんなことを考えながら、アルベドの方によった。
「アルベド」
「何だよ。エトワール、辛気くさい顔して」
「いや、アルベドは大丈夫かなって思って……ほら、魔力。転移魔法って結構な魔力量使うから。疲れていないかなとか……思って」
「フンッ、俺の事心配してくれたのか?」
「そ、そういうわけじゃ、そういうこと、だけど……」
素直じゃねえと、また乱暴に私の頭を撫でた。
アルベドも先ほどと変わりないようで、消耗する魔法を使った後だというのに全く疲れていないと言ったようだった。それじゃあ、誰の魔力を使ったのだろうか。
(私が思っている以上に、エトワールって魔力量あったりする? まあ、この間は調査の後に残りの魔力吸い取られた感じだったし、別に可笑しくないか)
可笑しくないことだと考えようとしても、どうしても引っかかってしまったのだ。だって、転移魔法は光魔法の魔道士だったら何人がかりでやる魔法だったから。
「まだ気になってんのかよ」
「だって、私の魔力でもなく、アルベドの魔力でもないとしたら一体誰から借りたのよ」
ルクスにあげた魔力の蓄蔵の魔道具があるわけでもないし、気になったら眠れないタイプなのだ。アルベドは、そう言って言う私を見ながら、少し考えごとをするような素振りをして、ポンと私の頭に手を乗せた。
「お前には今から頑張ってもらわなきゃいけねえからな、魔力は今いらねえ奴から取ったんだ」
と、アルベドは答えになるかならないか分からないことを言って、アルバとグランツを呼びつけた。彼女たちはアルベドに命令されて不満と言った表情を見せていたが、私の前、彼に斬りかかることはできないだろう。それに、彼がいなくなったらここから徒歩で聖女殿まで帰らなければならないからだ。
(まあ、いいや。気にしないでおこう。魔力がいらない奴って、一般人からでも取ったのかしら)
私は、そう思ってもう考えないようにした。考えたところで、何かが変わるわけでもないし、使った魔力を変換できるわけでもない。それに、それよりもトワイライトを助けることが一番なのだ。
「それで、トワイライトはこの港の何処にいるの?」
「多分、あそこに並んでる倉庫の何処かだな」
「何処かって、十も並んでるところから見つけ出せって言うの?」
アルベドが指さしたのは、レンガ造りの大きな倉庫だった。それも三つとかじゃなくて十も。小さければまだしも、一つ一つが広い上に、窓が少ないため中は暗いと思われる。どんな風に閉じ込められているとかも分からないのに、一つ一つ調べていくなんて日が暮れてしまうだろう。追跡魔法は万能ではないと言ったが、もう少しピンポイントで探せないものか。
「一つ一つ調べるほかないみたいですね……時間はかかったたつぃても」
そう、アルバは言うと倉庫に向かって歩き出した。だが、それをアルベドが待て。と制止する。アルバは嫌そうに何故止めたのかとアルベドを睨み付けた。
「睨むなって。人制限がある。次の船がでるときまでがタイムリミットだ」
「次の船っていつでるのよ」
「さあな、だが、もうすぐだろうな」
と、アルベドは他人事のように言う。協力はしてくれるとはいったけど、何処までも彼はトワイライトに興味がないらしい。
私は、積み荷を積み込んでいる船員達を見て時間が無いとアルベドを見る。あの積み荷の中にトワイライトが閉じ込められていると思うとゾッとする。そういうこともあり得るのかも知れないと。
「でも、アンタ、ヘウンデウン教の拠点にトワイライトを連れて行くって言ってたわよね。あの船の人達もヘウンデウン教の者だって言うの?」
「違う。きっと、出向が近付いたら船を奪って逃げる気だろう」
「じゃあ、そこをつけば」
「足止め喰らって船が出されたらどうする気だ?」
「うっ、そうかもだけど……」
確かにアルベドの言うとおり、船を奪うタイミングでトワイライトを取り返すにも、リスクが高すぎるのだ。罪のない船員達も巻き込むことになるだろうし、何よりアルベドの言うとおり足止めされてその間に船が出航してしまったら。そうしたら手遅れだ。魔法で空を飛ぼうにも追撃される可能性だってあるし。
(じゃあ、本当に倉庫から見つけ出せって言うの?)
私はゴクリと固唾をのんだ。
時間が無いとは分かっていても、あの中から見つけ出せる自信なんてなかった。
「そんなに彼奴が大切か?」
と、アルベドは私の顔を見ず倉庫の方を見つめていった。私も彼と同じように、彼の顔を見ずに、倉庫の方を見て返す。
自分の銀色の髪が潮風で激しく揺れるのを感じながら。
「大切な子なの。だから、助けたい」
「…………あっそ。なら、ついてこい」
アルベドはそう冷たく返して歩き出した。協力的に、まるでどの倉庫にいるか分かったかのように。私とアルバは顔を見合わせて彼の後をついていくことにした。
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