テラーノベル
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ユキはもといたトイレの中で我に返った。
「……あれ?」
「ユキちゃんーまだー?」
外からはドーロの声が聞こえてくる。
「はいですー、今でるですー!」
ユキは聴覚強化イヤホンを外して魔皮紙に戻し、ポケットにしまおうとした――そのとき。
「あれ?こんなの……入ってましたです?」
手の中にあったのは、いつの間にか紛れ込んでいた一枚の魔皮紙。
そこには、可愛らしい文字で【たからのちず】と書かれていた。
けれど、開いてみても中は真っ白で、何も描かれていない。
「……いつの間に、こんなものが……」
小さく首を傾げたユキだったが、
「もういっちゃうわよー!」
「ま、待ってですー!」
ドーロの呼びかけにあわてて返事をし、ユキはそのまま駆け出す。
宝の地図を胸ポケットにしまったまま、ドーロと一緒に歩き出し――
他の子供たちと、また笑顔で合流した。
「音楽に合わせて、ちょうどいいときにあげるでござるよ!」
「うん!」
アドベンチャー科一年の教室は、活気に包まれていた。
壁にはそれぞれの武器や装備がずらりと並び、教室の四ヶ所にはアオイ特製の《肉焼き機》が鎮座している。セットされたのは、大人の腕ほどもある立派な骨付き肉。
肉焼き機の前には、子供たちが列をなして並び……
《てんてれーててて、てんてれーててて、ててて、ててて、ててて、ててて、たたたたタン!》
おなじみの某ハンターゲームのBGMが流れる。
これはアオイがそのゲームをもとに発案し、現実で再現した仕掛けだった。
ちなみにこの《肉焼き機》、アドベンチャー科の仲間たちがルコサに頼んで特注で作ってもらったもの。
「えいっ!」
ミイがリズムに合わせて肉を持ち上げると……
「上手にやけましたでござる!」
教室からパチパチと拍手が沸き上がる。
焼きあがった肉をミイが受け取って、満面の笑みで掲げた。
「やったー!」
「次の人、どうぞでござるよー!」
そんな賑わいの中、ユキとドーロが教室に到着する。
「あ、ユキちゃん!」
「ミイちゃん!なんですか、そのお肉は!?です!」
「これね!ここのお兄ちゃんとお姉ちゃん達がくれるの!ユキちゃんも行ってきなよー」
「はいですー!」
ユキはぱたぱたと走って、最後尾に並んでいく。
一方のドーロは、近くのウマヅラを見つけて駆け寄った。
「ドーロ、えらく時間がかかったな?」
「うんー、ユキちゃんお腹壊してるみたいー」
「大丈夫か?」
「本人は大丈夫っていってるからねー、でも帰ったら子供達に手洗いとうがいをー」
二人がそんな話をしている中、ユキの番がやってきた。
「はい、どうぞ。あら、可愛いわね」
「わー!すごいお肉です!」
ユキの担当になったのは、《ストロングウーマン》こと女リーダー。
彼女はにこやかに、まだ焼けていない骨付き肉をユキに手渡す。
「このお肉の骨をね、ここに差して?」
「はいです!」
カチャッ。ユキは嬉しそうに《肉焼き機》へ肉をセットする。
女リーダーは、すぐ隣で準備していたルカに目配せ。
「ポチッとなのじゃ」
ルカがスイッチを押すと、耳慣れた音楽が教室に流れはじめた。
《てんてれーててて、てんてれーててて、ててて、ててて、ててて、ててて、たたたたタン!》
「この音楽が鳴ってる間は、くるくるお肉を回してね?」
「はいですー!」
ユキは一生懸命に肉を回す。真剣な眼差しでタイミングを見極め――
「今よ!」
「ほいです!」
ジュワッと音がして、黄金色の香ばしい香りが立ちのぼる。
「ふふっ、ウルトラ上手に焼けましたーってやつね」
焼きあがったお肉はふっくらと柔らかく、肉汁が滴る極上の一品だった。
「やったです!お姉さん、ありがとうです!」
「どういたしまして」
にっこりと微笑む女リーダーに、ユキもニコッと笑い返す。
「ふへへ……」
女リーダーがそっとユキの頭を撫でると、ユキはうれしそうに「ありがとうですー!」と元気にお肉を持ってミイのもとへと駆けていった。
「…………次の子、どうぞー」
その瞬間、女リーダーの笑顔に一瞬だけ翳りが走ったが――誰も気づかない。
【何も変わらない、はずのストーリー。】
【だが、“知ってしまったこと”は、確実に心の奥に影を落とす】
【真実を知った者は、もうかつてと同じ世界には戻れない――】
【今までの話も違う目で見ると違うかもしれない】
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