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「おい、おい、エトワール」
「……ぅ」
肩を揺すられる感覚で目を開けば、必死な表情でアルベドが私の名前を呼んでいた。
ぼんやりする頭で何が起ったのかと身体を起こしてみれば、アルベドはまだ私の心配をしているのか、何度も大丈夫かと聞いた。何がそんなに心配なのかと頬を膨らませば、アルベドはため息をつく。
「お前、数分意識飛ばしてたぞ」
「へーそうなんだ……って、ええ!?」
アルベドの衝撃の発言に私は、数秒遅れて驚くと彼は呆れた顔で見てくる。嘘ではないようだ。私は、彼にお礼を言うと立ち上がる。
皇宮の中に入ったまでは良かったのだが、転移魔法で転移している途中に気が遠くなって、気が付いたら床に転がっていたのだ。
「皇宮の中は混沌の力の影響によって不安定な地形になってる。転移は成功したがその途中で何かしらのバグが起きて、それに当てられたお前は気を失っていたって訳だ」
「そう、なんだ……」
言われても実感がない。
確かに、混沌の力が作用しているならそれもあり得るだろうし、転移が成功したとしてもその途中で何らかのバグや介入が起きて……ということは十分にあり得る。だが、光魔法の者同士の転移だったのに。とアルベドを見た。
「アルベドは、大丈夫……なの?」
「何が?」
「だから、その、闇魔法と光魔法は反発するじゃん。だから、転移の時頭痛とかしなかったのかなって」
「ああ……? 覚えてねえ」
「転移の時に記憶が飛んだの!?」
「なわけねえだろ!」
と、アルベドは私の言葉を否定した。
でも、魔力の強いもの同士反発し合うはずなんだけど。と彼を見るが、彼はいたって平然としていた。もしかしたら強がっているだけなのかも知れないけれど、私を不安にさせたくないからって言う理由だったら格好いい。
(格好いいって何!? 別に、どうでも良いんですけど!?)
自分で少しでも思ってしまった、気遣いのできる男は格好いい、それがアルベドという考えをすぐに掻き消して私は一人、首を横に振った。
まあ、連れてきたパートナーが無事ならそれでいいんだけど。
「もし仮に、俺が反発の反動でダウンしてたとしたら危なかっただろうけどな」
「……」
「お前が倒れてる間、ずっと見守ってやったって事だよ!」
と、私の気持ちを読んだかのように言って来たアルベドに思わず私はビクッと身体を震わせる。いきなり大きな声を出されると心臓に悪い。
でも、確かにアルベドがいなかったら今頃混沌の餌食になっていたかもしれない。彼が、私が倒れている間見守ってくれていたことでその不安を掻き消してくれたと言うことだ。
そこは素直にお礼を言っておかないとと思った。
「あり、がと」
「お、おう。珍しいな」
「はあ!? 私だって、ありがとうぐらい言えますー!」
「そういうとこ、ほんとガキみてえ」
「はあ!? はああ!?」
私が子供みたいな反応をすると、アルベドは鼻で笑う。ムカつく! と、私が彼の背中をポカポカ殴れば、彼は痛くない癖に「いてえよ」と言って笑った。
そんなやりとりを繰り返してから、ふと自分たちの状況について改めて頭が冷静になった。
何のために皇宮に来たのかと本来の目的を忘れてしまうところだった。こんなことをしている場合ではないのだ。
「……はあ、巫山戯るのもここまでにして先に進まなきゃ」
「突っかかってきたのは、エトワールだけどな」
「もう、黙ってよ。清算して、清算!」
私がそう言えば、彼は分かったと言いつつ、私を先導するように前を歩いた。さっきまで言い合いをしていたのが嘘みたいに、私達は静かになった。
皇宮の中は静かで、誰もいないような感じがした。人の気配が全くしない。まあ、それもそうでアルベドが全員転移させてくれたんだったと、私は改めて彼の魔法のすごさを知る。でも、もし人がいたらどうしようかとも思った。
「だ、誰かいませんかー」
「何やってんだよ」
「だ、だって、もし人がいたら」
「いねぇよ。全然そんな気しねえじゃねえか」
「そ、そそ、そうだけど、念のため」
と、私が言えばアルベドは呆れたと肩をすくめた。
「あの時全員転移させたんだ。もし残っていたとしても、もう既にこの空間に取り込まれちまってるだろうからな」
そうアルベドは言うと辺りを見渡した。
静かすぎる。
でも、その静けさも気味悪く、重たい空気が永遠と流れていた。
皇宮内は荒れ果てており、草木が生い茂り、瓦礫なのかガラスなのかがあちこちに散らばっており、そして至る所にひび割れやそこの見えない穴などがあった。それは、先ほどまで煌びやかでパーティーをしていた所とは思えなかった。
その光景に私は嘔吐く。
「あまり、深く空気吸い込むなよ。ここの空気はよくねえ」
「わ、分かってるけど。呼吸しなくちゃ生きてけない」
「呼吸するなとはいってねえだろ」
と、アルベドが呆れたように言った。
でも、こんな場所の空気を吸っていたら息が詰まってしまう。前もそうだったけれど、あの負の感情の塊の中にいたときは本当に息ができないほど苦しかった。その苦しさが今この空間には漂っている。
私とアルベドは目配せし、暫く無言で歩き続けた。アルベド曰く、皇宮内には混沌の力が入り込んでしまっている為本来の皇宮とは違う形に変化しているのだという。だから、扉を開けたとしても目当ての部屋に繋がっていない可能性もあるのだとか。確かに、時空が歪んでいるかのように見える。
私はそれを理解した上で、とにかく前に進んで行くしかなかった。
幾ら前に進んでも、前に進んでいる感覚もなければ足も重く息苦しい。
「いつまえ、この廊下……続くの……?」
どのくらい進んだだろうか? かなり歩いている気がするけれど一向に何も起こらない。それにしても同じ場所を永遠と歩いている気さえする。
と、その時。
私の足元に何かが通った。私は驚いて後ろを振り返る。
そこには真っ黒な猫のような動物が居た。しかし、よく見ると普通の猫ではない。耳は歪な三角形になっており尻尾は二本ある。目は赤く光っているように見えた。
「ね、猫……?」
「エトワール、近付くな!」
私がしゃがみ込み、その生き物に手を伸ばそうとした瞬間、私の身体はアルベドによって地面に押し倒される。
「いった……」
「お前、何をしようとした!」
「え、だって」
私が反論しようとすると、上から影が落ちてきた。
見上げるとそこにいたのはさっき見た猫と同じ生物。それが私達の周りを囲むようにして現れたのだ。
「にゃー」
「にゃー」
「にゃー」
「にゃー」
「にゃー」
と、合唱のように鳴き始める猫。
そいつらはあっという間に私達の周りを囲い、逃げ道を塞ぐ。数匹じゃない、数十匹という数。それに、だんだんと影の猫たちは縦に伸びていき一匹一匹が巨大な猫になった。
すると、一匹の猫が飛び上がりアルベドの顔面に向かって爪を立てた。
「っ!?」
アルベドはその攻撃を避けたものの、頬からは血が流れる。
「アルベド!」
「エトワール、援護しろ」
アルベドはそう叫んだと同時に床を蹴って懐に忍ばせていたナイフを抜いて猫たちに斬りかかった。もはや、形は猫のような何かで原型がなくなりつつある。
私は魔法で火球を生成し、アルベドが取りこぼした猫を燃やしていく。しかし、燃やしたという感覚は薄く、影が光に飲まれて消えていったようなそんな水を掴む感覚だった。
「数が多い」
私は呟く。
これではキリがない。幾ら倒しても影であるが故にすぐに形が元通りになる。消しても消してもその影はどこからか伸びてくる。
一体どうすればいいのか。私は必死になって考える。
この猫たちは、混沌によって作られた存在であることだけは確かで、混沌を倒せば今回はその原因であるリースを助ければ消えるのだろうが、それは簡単にはいかないだろう。
だったら……
「アルベド!」
「エトワール、お前……」
私は、アルベドの手をつかんで大きな火球を作り猫たちに向かって投げつける。すると、少しの間退路が開かれ、私はアルベドの手を引いてそこを全速力で走った。
切りがないなら逃げれば良い。
「お前、何考えてんだよ」
「あのまま戦ってもきりないじゃん。だったら、逃げた方が良いって」
「追ってきてるぞ」
と、アルベドが言うように猫たちが追いかけてきているのが見える。
飛びかかってきた猫は、アルベドが切り払ってくれて私は兎に角前へ前へとひたすら走り続ける。
猫たちの鳴き声はだんだんと遠のいていく感じはしたが、それは追いつけなくなったと言うより撤退した。というような感じだった。何だか気味が悪い。
そして、猫から逃げ切り暫く走っていると、前方に小さな扉が見えた。それはあのパーティー会場に繋がる大きな扉ではなかったが、後ろをちらりと振向けば闇が広がっており引き返すことは困難という風に思われた。
私は、その小さな扉の取っ手を握り、開けようと引いたが全く開く気配がない。
私は舌打ちをして、もう一度引く。それでもやはり開くことはなかった。
「何してんだ」
「いや、開けようと思って」
「何処に繋がってるのかわかんねえのにか」
「だって、引き返したらあの猫いるかも知れないし……」
アルベドは私と同じく、後ろの方を見ていた。もう猫の鳴き声はしないがそれでも、あの猫の合唱が頭から離れなかった。まるで、頭の中に猫が入ってきたように。
「あの暗闇の中戻る気にもなれないし」
「確かにそうだな」
と、珍しくアルベドは納得してくれた。
でも、扉は開く気配は全くないし、このままずっとここにいるわけにもいかないと引き返すことも考え始めたときもたれ掛っていた扉が急に開き私はそのまま後ろに倒れてしまいそうになった。
「エトワール」
「うわっ」
パシッと、間一髪の所でアルベドが私の腕を掴んでくれたおかげで転ぶことは無かった。
そうして、体勢を立て直して私達は開いた扉の方を見た。扉の奥には先ほどよりも深い闇が広がっており、光など一切届かないといった感じだった。この中に入っていくにはかなりの勇気がいりそうだ。
私がどうするべきかと悩んでいると、アルベドは私の手をそっと握った。
「な、なななな、何、いきなり!?」
「手、繫いでればはぐれねえだろ。ほら、いくぞ」
「あああ、あの中に本当にいくの!?」
「いかねえのかよ」
「い、いや、行かないといけないって言うのは分かってるんだけどね……」
と、口ごもればアルベドは首を傾げ、口を開く。
「怖いのか?」
全くの図星だった。
私は昔から暗いところが苦手で、夜眠るときは必ず明かりをつけないと眠れないというほどの人間なのだ。
しかし、ここで怖くないと言えば強がりに見えてしまうかもしれないと思い、何も言わずに俯いているとアルベドは呆れたように溜息を吐いた。
「ぜってぇ離したりしねえから、安心しろ」
アルベドの言葉に私は顔を上げると、アルベドは真剣な眼差しでこちらを見つめていた。
その言葉に嘘偽りはなく、アルベドは絶対にこの手を放すつもりはないのだろうという事が伝わってきたのだ。私は小さく笑みを浮かべてアルベドの手を強く握り返した。
(進まなきゃいけないし……この先何があるかは全然予想がつかないけど)
もう一度ギュッと握って、私は一歩扉の向こうへと足を踏み出した。