コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
「まさか、この山に手がかりがあるとはな…」
遠野は、古びた山小屋のテーブルに広げられた地図を前に、独り言ちた。
彼は民俗学の大学教授だ。この山に古くから伝わる「山守の伝説」を調査するため、この山を訪れていた。
伝説によれば、山には、そのすべてを司る「山の神」が潜んでいるという。
しかし、最近になって、この山で不可解な神隠し事件が多発するようになった。その犠牲者の中には、遠野の教え子である学生、ケンタも含まれていた。
遠野は、ケンタの失踪事件と伝説には関連があると考え、警察の捜査では見つからなかったケンタの遺留品、つまりこの地図を手がかりに、この山に入ったのだ。
山に入って数日後、遠野は、ケンタが地図に記した場所にたどり着いた。
それは、この山で最も危険な、立ち入り禁止区域だった。 深い森の奥、そこには、古びた祠がひっそりと佇んでいた。
祠の周りには、無数の枝や根が絡み合い、それがまるで生き物のように蠢いていた。
「これか…」
遠野は、息をのんだ。祠の奥からは、ケンタが失踪直前に友人たちに聞かせたという、不協和音の集合体であるあの不気味な囁き声が聞こえてくる。
遠野は、意を決して、祠の中へと足を踏み入れた。
祠の中は、外とは全く異なる空間だった。
そこは、まるで時間と空間が歪んだかのように、無数の木々が、まるで水彩画のように滲んで、混ざり合っている。
そして、その空間の中央には、巨大なモノリスが、空中に浮かんでいた。
そのモノリスからは、あの不気味な囁き声が発せられていた。
そして、遠野がそのモノリスに近づくと、その表面に、無数の顔が浮かび上がった。
それは、この山に迷い込み、そして、あのモノに捕らえられた人々の、恐怖に歪んだ顔だった。
遠野は、その中に、行方不明になったケンタの顔を見つけた。彼の顔は、恐怖と、そして、どこか諦めのような表情を浮かべていた。
「…山の神、か」
遠野は、モノリスに向かって呟いた。
「お前は、この山の神ではない。お前は、この山を侵食する、寄生生物だ…」
遠野の言葉に、モノリスが反応した。
囁き声は、不快な高音へと変わり、モノリスの表面に浮かび上がった顔たちが、遠野に向かって、嘲笑うかのように歪んだ。
「キサマ…ワカッタノカ…」
モノリスから、掠れた声が響く。
「そうだ…お前は、この山に寄生し、この山のすべてを、お前自身の一部に変えようとしている…」
遠野が、そう言った瞬間、モノリスから、無数の触手のようなものが、彼に向かって伸びてきた。
それは、遠野の体を容赦なく貫き、絡めとっていく。
遠野の視界が、ぐにゃりと歪む。身体の内側から、何かが侵食してくるのがわかった。
痛みも、恐怖も、もう感じられない。ただ、全身が、別の何かに作り替えられていくのがわかった。
そして、遠野の顔もまた、モノリスの表面に、ゆっくりと吸い込まれていくのがわかった。
遠野が最後に見たのは、無数の触手が絡み合った、巨大なモノリスの姿だった。
彼の意識は、そこで途絶えた。