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その夜、桜子は何の気なしに数年ぶりに「匿名掲示板5ちゃんねる」を開いてみた
かつては毎晩のように小説の情報が欲しくてこのサイトに張り付いていた・・・
他人の成功と失敗が知りたくて、そして自分も匿名という覆面をかぶって愚痴を吐き出しては、うっぷんを晴らしていた
けれど、春ウララに訴訟を起こされた日を境に桜子はここのアカウントを削除した
その後は人気作家になって、いくつもの出版局と交わした「秘密保持契約」が桜子を縛っている
SNSも今ではマーケティング運営代行の担当者が桜子の代わりに動かしていた
売れっ子作家としてクライアントの要望に応えるのに必死で、長い間こんな掲示板の存在そのものを忘れていた、だけど今夜はふとそんな匿名掲示板を覗いてみようと思った
画面に見慣れたレイアウトが現れる、春ウララの活動もむなしく、匿名掲示板の底辺ネット民達は今夜も変わらずここにたむろしていた
桜子はベッドの縁に腰かけ、ノートパソコンを膝の上に乗せて、何気なく書き込みを流し読みしていった
コミカライズの声がかかったのに形にならなかったという愚痴・・・その理由をああでもない、こうでもないと、憶測だけで語り合う書き込みの列・・・
印税が安くて生活ができないと嘆きながら、その裏では他の作家はどれくらい貰っているのかと、互いに腹を探り合っている書き込み
投稿小説サイトのランカーへの酷評が出れば「我が意を得たり」とばかりに、同調の書き込みが連なる、反対に誰かを褒める書き込みが出ればすぐさま誰かが現れてケチをつける、これが敗者達の奏でる挽歌なのか
ふ~「何年経っても同じなのね・・・」
実績のない恨みが彼らに偉そうな言葉を吐かせている、文学がどうの、映画芸術がどうのと、空論ばかりが飛び交うが、そのどれも結局は同じ場所へ行き着いていた
いつの時代も、ここに書き込む人々にとって一番辛いのは、他人の目覚ましい成功を身近で指を咥えて見ているだけの、自分のふがいなさなのだ
だから彼らはそれに目をつぶる、そして投稿サイトや出版局の悪口、他人の不幸の話題を探し出しては語り合う、ここに確かな情報など何一つない
かつては、桜子もその一人だった・・・そう思うと懐かしさと同時に、胸の奥を小さな針がちくりと刺した、私はなんとかここから抜け出せた
もう桜子は自分の立場を理解していた、売れている作家はここの人々には想像もつかない方法で、日々の仕事を得ているのだ
その立場になってみて初めてわかった、法外な印税を稼ぐ作家の年収は、秘密保持契約によって固く秘密にされている、だからかつて、あれほど検索してもネット上には出てこなかったのだ
つまり・・・ここでマウントを取っている書き込み者達は嘘をついているか、出版局に相手にされていない人ばかりで、何の参考にもならない
退屈な誰かの投稿を読むのを止めて、画面を閉じようとした時
ドクンッ ―え?・・―
ここ最近になって立ち上がったらしい新しいスレッドの一覧・・・その中のひとつのタイトルが桜子の目に止まった
心臓が大きな音を立てて脈打ち、一瞬でゾワッと背筋が凍った
それを読んだ途端、パカッと地面に穴が開き、ガクンッと一段垂直に体が落ちた気がした
顔は一瞬で血の気が失せて真っ白になり、指先は芯まで冷えた
その匿名掲示板にはこう書かれていた
【美木桜子の盗作について語り合うスレ part1】
コメント
2件
久々に掲示板をみる気になったのは虫の知らせだったのかな🥺 希実ちゃんもしかして誰かに作品を託してた?!
うわ…第51話、一気に引き込まれました。 匿名掲示板のあの独特な空気感、すごくリアルで鳥肌が立ちました。かつて自分もあの世界にいたからこそ、今の桜子の「抜け出せた」という安堵と、「ドクンッ」と心臓が止まるラストの対比が鮮烈すぎます。 「美木桜子の盗作」スレ…これが今後の鍵になりそうで、続きが気になって仕方ないです!
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