テラーノベル
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店併設のカフェでケーキを食べながら、僕は意を決して切り出した。
「白石さん。……都内でファミリータイプの部屋を借りて、こういう家具を揃えるとなると、かなりのコストがかかるんだ。正直、今のキャッシュフローでどこまでできるのか……」
情けない。SEとして見積もりミスを認めるような敗北感だった。だが、白石さんはフォークを置き、僕の目を真っ直ぐに見つめて笑った。
「私、陽一さんと一緒なら、どんなに狭い部屋でも楽しいと思いますよ?家具だって、一度に揃えるんじゃなくて、少しずつ増やしていけばいいじゃないですか」
その瞬間、僕の脳内は凄まじい速度で再計算を開始した。
例えば、
『行ってきますのキス』
玄関先、背伸びする彼女の潤んだ瞳と吐息。唇が重なった瞬間の甘い熱は、全システムを一瞬で強制初期化する。
『美味しい彼女の手料理』
エプロンで強調された腰の曲線と、「味見して?」と上目遣いで言う彼女。その色気は、枯渇した僕のHPを最大値まで回復させる。
『隣で笑う彼女』
花のような彼女の笑顔。絶対的な幸福という非減価償却的資産は、人生の全ストレスを上書きする。
それらの項目を『ベネフィット』欄に叩き込むと、算出されたROI(投資利益率)は測定不能の無限大を示した。
(……エラーだ。いや、これは仕様変更だ。コストなんてどうでもいい。この笑顔を維持(保守)するためなら、僕はどんなことだって受け入れる……!)
「白石さん。……そのベッド買おうか?ちょっと早いけど、もうすぐ誕生日だし、プレゼントするよ」
「えっ!? 本当にいいんですか!?わー、ありがとうございます!!」
「うん。保守契約が『終身更新』だってことに気づいたんだ」
「……? よくわかんないけど、嬉しいです!」
僕はその場で、注文書にサインした。
***
土曜日の夜20時。私は部屋でほくそ笑んでいた。ついに、我が家に「欲望のダブルベッド」が届いたのだ。
(ふふふ……この日のために、風水も調べ尽くしたわ!)
恋愛運を司るピンクのシルクのシーツ、運気を上げる観葉植物、そして「わざと土曜の夜」という絶妙な配送設定。
組み立てに時間がかかれば、陽一さんを泊める正当な理由になる。
「よし、できた! これで完成だ!」
21時半。彼が汗を拭いながら立ち上がった。
作業で捲り上がったTシャツの袖から覗く腕が、以前よりも逞しくなっている。浮き上がった血管と、汗ばんだ筋肉のラインに、私は唾を飲み込んだ。……うん、とっても美味しそう♡
「すごーい、陽一さん! さすが力持ち!」
「いや……最近、ちょっと『体を動かす機会』が増えてね。これくらい、平気だよ……」
僕は少し引きつった笑みを浮かべた。
(……嘘だ。全然平気じゃない。お義兄さんの地獄のトレーニングメニューのせい握力がもうゼロだ……。スクワットのやりすぎで足も腰も痛いし……!)
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