コメント
1件
祭りが始まってから数時間、帳は降りて辺りはすっかり宵の空で空には満月が浮かんでいた。櫓の周りに人々が集まって来る。
そろそろか。
僕は時間を確認し、彼女に準備をするよう伝えると、待機所を出た。ここから先は、巫女一人で行動しなければならない。少し心配になりつつも、僕は人々に紛れて、櫓の周りに行った。辺りを見渡せば、人々は無邪気に祭りを楽しんでいる。
もし、彼女が巫女として生まれていなかったなら、普通の家に生まれていたなら、彼女もあの中の一人だったのだろうか。もし、こんな家に生まれていなければ、教室で勉強して友達と遊んで恋をして、そんな青春もあったのではないだろうか。
そんなことを考えれていると、辺りが唐突に静まり返った。
周りにいる人の視線をたどると、櫓の上に一人の少女が立っていた。彼女だ。その櫓の周りには和楽器を持った者達が立っている。
神楽が始まる。
和楽器の音が鳴り始めると、彼女もそれに合わせて神楽を舞い始める。少しも間違うことなく、完璧に舞い、月明かりに照らされるその姿はまるで月の女神のようだった。
そういえばあの日もこんな夜だった。
あの日の面影が重なる。もうあの日の彼女はいないというのに…。僕は辛くなり、少し離れた所から彼女を見守ることにした。
神楽が終わった頃には会場にいるほぼ全員が彼女に魅入っていた。
神楽が終わり、彼女が櫓を降りて待機所に戻ろうとすると、人々は彼女の行く方向を妨げぬように道をつくっていた。
しかし、その道を遮る者がいた。