翌日には、単なる打撲は変色はしていても痛みはマシで、私は松葉杖を一本だけ持って自由のきかない左足を引き摺り、真っ白い病室を出た。
「大島さん、どこ行くの?」
「食べてないからお腹へったでしょ?」
この階のスタッフステーション前に差し掛かると、二人のナースが私に声を掛ける。
どこに行くのかなんて分からない。
自分が何をしたいのかも分からない。
無言でゆっくりと通り過ぎようとすると
「ストップ、ストップ」
大きな声を出したナースの声が、とても耳障りで振り切ってしまいたくなるけど…………左膝は、動かない…………動かせない…………また崩壊感を感じた私は、全く動けなくなってしまった。
「大島さん、病室に戻るわよ」
ブンブン…子どものイヤイヤのように首を横に振る。
「どこに行くの?」
ブンブン…わからないのよ。
「動けない?車椅子ね」
ブンブン…違うの。
ナースの足音と車椅子の気配から逃げ出したくなった私は、また一歩進むが、気持ちの焦りと体の動きは全く揃っておらず大きくよろめいた。
「…大丈夫か?」
ガシッ……と片腕を私の腰に巻きつけて支えてくれた男の声を知っている。
……ヤダ…どうして会うの………
慌てて男から離れようとした私の左足には力が入らず、痛みだけを感じて、更なる崩壊感を覚える。
「ん」
私をたて向きに抱き上げた男を見て
「え…っ…?」
私の脳は混乱を窮めた。
声は、あの夜の男に違いない。
でも顔を見ると、カフェで見ることのあるサングラスと髭の人だ。
話したことはない。
彼はいつも誰かと一緒にカフェに来て、注文は人に任せたまま席につくから。
「この子、知り合いだから預かる」
男は車椅子を持つナースにそう言うと、ゆっくりと歩き始めた。
「ちょっ…と…どこ……」
「どこに行きたい?」
声を聞くとやっぱり混乱する私は、彼のサングラスに手を掛けてそっと外した。
「ん?一人で答え合わせか?」
何と応えるのが正解なのだろう。
……でも……
「…何も考えたくない…」
「そうか。眠るか?」
「…どうでもいい」
「ん、そうか。今日も俺好みだ」
誰でも、何でも好みなんだね。
「違う」
相変わらず冷たい声で私の心の声を否定した男の言葉と、エレベーターの到着を告げる電子音が同時に聞こえる。
彼はどこへ行くつもりだろうか……
「えっ…才花ちゃん?どうした?こんなところで…」
「…ぇっ…きんぐ……?」
洋輔さんの声がしてエレベーターを見ると、洋輔さんに続いて隣の香さんが何か言ったけれど、私にはわからない。
「あの仕事は…言わないで…お願いします」
抱っこされたまま、男の耳元でそう伝えると
「ん、大丈夫だ」
彼は私の後頭部をゆっくりと撫でた。
そして降りようとする私に
「足、無理だろ」
そう言い抱き直す。
「才花さん…キングとどういう関係なの?」
「……?」
香さんの言う意味が分からず、私はボーッと、袖がフレアになっているピンクカーディガンのボタンを全てとめてある香さんの胸元を見ていた。
コメント
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『俺好み』ゾクゾクしちゃう🖤♥️ このキングと呼ばれた冷たい声の男は有名人?あの夜の男でもあり、バイト先に来る男でもある。そして今ここにいる。その理由を知りたいっ!!!