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第2話 「曲がる脳」
医師は首を横に振った。
「死因は不明です。外傷も、窒息の痕も、脳の異常もない」
「そんな……あんなにもいい子だったのに……」
門は俯きながら歩いた。
すると、前から人が歩いてきた。
「やっぱりか……」
今朝の住職だった。
「やっぱりって。まさかお前か!」
「違います。私は助けようとしました」
門は住職の胸ぐらを掴んだ。
「飛鳥を……飛鳥を殺したのは……お前か!!」
住職は抵抗しなかった。ただ、悲しそうに首を横に振った。
「違います。私は……助けようとしました」
門は怒鳴った。
「ふざけるな!! 朝、家に来て……“娘さんが危ない”なんて……なんで知ってたんだよ!!」
「箱の気配を感じたのです」
「あの箱の事か?」
「その通りです。あれは子取箱という物です」
門は思い出した。
「コトリバコって掲示板サイトで有名の、子供や女性を襲う都市伝説の……」
住職は首を横に振った。
「半分正解だが、正式にはコトリバコではない」
門は眉をひそめた。
「じゃあ……なんなんだよ」
住職は低い声で言った。
「“魂取邪王(こんしゅじゃおう)”です」
門は息を呑んだ。
住職は続けた。
「魂を食う悪霊……いや、疫病神です」
門は震える声で言った。
「……そんなものが……本当に……?」
住職は頷いた。
「魂取邪王は、古代の人の魂を喰らい、喰らった魂箱を使って力に変える」
門の背中に冷たい汗が流れた。
住職はさらに続けた。
「しかし、老化現象によって弱体化しまして……ですから子供や女性を食って若返りを試みたことで、コトリバコと呼ばれるようになりました」
「でも……非科学的だろ……そんなの……ありえない……」
住職は静かに首を振った。
「科学というものは、元々“スピリチュアル”から始まったものです」
門は言葉を詰まらせた。
「で、でも……科学が全てで……科学で説明できないものなんて……」
住職は門の目をまっすぐ見た。
「“理科”という字は、物事を“理(ことわり)”で説明するという意味です。科学を否定するつもりはありません。しかし――」
住職は一歩近づき、低く、重い声で続けた。
「科学もスピリチュアルも、すべて“人間が言ったこと”です。どちらも絶対ではありません」
門は息を呑んだ。
住職はさらに言った。
「あなたは“科学が全て”と言う。だが――」
住職は門の背後を指さした。
「現に、あなたの娘さんは“科学では説明できない死に方”をした」
門の心臓が止まりそうになった。
住職は淡々と続ける。
「外傷なし。窒息なし。脳の異常なし。病気の兆候なし。しかし――死んだ」
門は震えた。
「……やめろ……やめてくれ……」
住職は静かに言った。
「あなたが信じてきた科学は、あなたの娘さんを救えなかった」
門の目から涙が落ちた。
「そうだ、俺はスピリチュアルが本当は好きだったんだ。でも、悪徳霊媒師に騙されて……嫌いになったんだ」
住職は静かに優しく微笑んだ。
「それがあなたの本心ですね。私が導くのはここまでです。あとは自分で方向性を考えなさい」
住職は去った。
住職が去った後、門はしばらく動けなかった。
夜風が冷たい。街灯が遠い。世界が静かすぎる。
「葬式まで……あと二日……」
門は呟いた。
「それまでに……飛鳥が安心して天国に行けるように……魂取邪王を……ぶっ倒すか……」
その瞬間、飛鳥の笑顔、泣き顔、怒った顔、全部が走馬灯のように流れ込んできた。
「魂取邪王……絶対に……」
ぽたり、ぽたり。
涙が落ちた。
普通の涙じゃない。深い赤――ボルドーワインのような色。
怒りと悲しみが混ざった、“血の涙”。
「許さない……!」
走馬灯が、ガラスみたいにパリンと割れた。
門の中で何かが壊れた。
「なにが“飛鳥のため”だ……綺麗ごというんじゃねえよ……」
門は笑った。それは人間の笑いじゃなかった。
「俺のためだよ……俺の復讐のために……魂取邪王を地獄に落としてやる……」
夜道に、低く、奇妙な笑い声が響いた。
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