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白山小梅
12
#借金
1,754
鮎川を見送ってから再び店が忙しくなり、バタバタと時間が過ぎていった。それでもふとした時に彼女から聞いた瑠維のことを思い出しては、思いを馳せてしまう。
大学二年生の瑠維を知らない春香は、ただ
想像することしか出来ないことがもどかしかった。
私は瑠維くんがいてくれたから、すぐに気持ちを切り替えられた。でもその時に瑠維くんを守ったのは誰なんだろう。そしてどうやって立ち直ったのだろう。
春香の場合は客という間接的な人物によるものだったが、瑠維の場合は大学のサークルの先輩。学校に行けば顔を合わせることになるし、相当なストレスを抱えていたのではないかと思う。
そしてその人物に家に監禁されただなんてーーたった一日、あの男が家に侵入しただけでも恐怖心が消えないのに、瑠維はどんな気持ちでいたのだろう。
きっと学校でも噂になったはずだし、彼が抱えた苦痛はどれほどのものだったのかーー鮎川の話は要点をまとめたもので、彼の細かな心情まではわからなかった。だとしても一応口止めをされたし、直接聞くことは無理だった。
そうなるとやはり想像することしか出来ず、真実はわからない。
どうしてあの頃に彼と繋がっていなかったんだろう……とはいえヒロくんにフラれてから、彼に関する繋がりはなくなっていた。だからどうしようもないのはわかっている。
今頃になってそう思うのは、瑠維を好きになったからに他ならない。あの頃に再会していたとして、彼と付き合ったかはわからなかった。
そんなモヤモヤを抱えたまま終業時間を迎えた。仕事を終えて外へ出た春香は、瑠維の姿を見つけるなり胸が熱くなり思わず抱きつく。
瑠維は驚いたように目を見開いたが、すぐに嬉しそうに微笑むと、春香をすっぽり包み込むように抱きしめた。
「春香さん、どうかしましたか?」
瑠維の匂いを胸いっぱいに吸い込み、彼への気持ちを再確認する。
「うん、やっと瑠維くんに会えたのが嬉しくて。来てくれてありがとう」
瑠維の顔を見上げてみたが、片手で顔を押さえながら上を向いていたため、彼の表情までは見えなかった。
それが瑠維の照れ隠しの仕草だとわかった春香は、くすぐったくなるほど胸がときめいてしまうのだった。
「今日の夕飯、何にしようか? 昨日も今日も朝ごはん作ってもらっちゃったし、食べたいのあったら言ってね!」
すると瑠維は何かを思い出したのか、小さく口を開けた。
「そういえば春香さんが昨夜食べ損ねたおかず、僕がお昼にいただきました」
「あっ! 忘れてた! えっ、一日経ったけど大丈夫だった?」
「美味しかったですよ。なので家には何もありません」
そう言い終えてから、瑠維はおずおずと春香の手を握り、駅へ向かって歩き出す。
「あの、春香さんさえ良かったら、一番最初に二人で行ったうどん屋に行きませんか?」
「カレーうどんの? いいね、久しぶりに食べたいかも」
「じゃあ行きましょう。僕も急に食べたくなってしまったので」
二人は人の波に乗るように歩いていく。
初めて二人でこの道を歩いてうどん屋に行った時は、まだ再会したばかりで相手のことを全くわからない状況。どこまで踏み込んでいいのかわからず、手探りだった。
自分のために瑠維の時間を使ってしまうのが申し訳ないと思っていたのに、そんな春香の心の壁を彼はいとも簡単に取り払ってしまったのだ。
あの日から一ヶ月足らずでこんなにも関係が変わるなんてーー。
店に着くと、偶然にも前回と同じ席に通される。お互いに前回と同じものを注文すると、二人は顔を見合わせて笑い合う。
「なんだか不思議な感じ。前に来た時は再会した初日ったもんね。すごく気を遣って、ぎこちなかったのを覚えてる」
「そうでしたね」
「聞きたかったんだけど、あの再会って偶然だったの?」
「……池田先輩がパフェを食べに来いってかなり強引に誘ってきたんです。仕方なく店に行ったら春香さんがやって来て、本当に焦りました」
なるほど。やはりあの再会は仕組まれたものだったんだ。そう考えると納得する。
「……池田先輩は僕の気持ちを知っていましたからね。きっと近藤先輩と春香さんが友だちだと知って、僕を引き合わせようとしたんでしょう」
「瑠維くんは……ヒロくんにその……私のことを話したことがあるの?」
すると瑠維は苦笑しながら首を横に振った。
「池田先輩にはバレてしまったんです。たぶん……先輩に話をしに行っているのに、ずっと春香さんのことばかり見ていたからかもしれません。ある日突然『佐倉のことを大好きなんだな』って言われて、何も言い返せませんでした」
バツが悪そうに下を向いた瑠維を見て、高校時代のことをふと思い返した。
「時々瑠維くんと目が合ったような気がしていたんだけど、もしかしてその時?」
「……あれはほんの一瞬の出来事です」
瑠維はテーブルの上に置かれていた春香の手をそっと握ると、俯いたまま話し出す。
「僕が春香さんを見ていた時間の|百分《ひゃくぶん》の一くらいの、本当に一瞬でした。だけどそれだけで僕の心臓は驚くほど早く鳴り続けて、幸せな気持ちになれたんです」
「……全然気付かなかった。ごめんね……」
春香が申し訳なさそうに呟くと、瑠維は顔を上げ、春香の頬にそっと手で触れる。
「池田先輩に向ける笑顔や、美味しいものを食べている時の幸せそうな顔、授業終わりの眠そうな顔、読書をしている時の真剣な表情ーーあの頃は遠くから見つめるしか出来ませんでしたが、今はこうして手の届く場所に春香さんがいて、正面から見つめることが出来る。僕は《《今が》》幸せだから、《《過去》》のことはもうどうでもいいんです」
彼の言う『過去』は、高校時代を指しているのか、それとも大学時代を指しているのかはわからず、春香は胸が苦しくなるのを感じた。
彼の手に自分の手を重ね、頬に押し当てる。この手を離したくないと心から思った。
「春香さんと再会した時はあまりにも突然すぎて、どうしたらいいのかわからなくなって焦りました」
「確かに、嫌々引き受けてくれたのかなって思ってた」
「そんなわけないじゃないですか。その……あなたとどれくらいの距離感を保てばいいのかわからなかったんです。でもあなたの状況を聞いて、これは僕にしか出来ないことだって思って、決心がつきました」
再会した時の態度が多少気になっていた春香は、ようやく謎が解けてホッと一安心した。あの時よりも明らかに二人の距離は縮まっている。
「はい、カレーうどんと月見うどん。置いてもいいかしら?」
二人が顔を上げると、店員の女性が苦笑いを浮かべていた。注文したものが運ばれてきたのに、二人の距離が近すぎるばかりにテーブルに置くことが出来ずに困っていたのだ。
「す、すみません!」
二人は慌ててお互いの手を離すと、恥ずかしそうに笑い合った。
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