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#面白いかも?
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耀聖(ようせい)
179
ささみチーズ。
97
ガサガサと藪を揺らしながら、風下から慎重に進む。
目の前に現れたのは、田舎ならどこにでもあるような小さな野池だった。
「ソラ、そっちから見えているよね」
テンガロハットを深く被った女性が、耳元のイヤホンへ小さく呟く。
すると、少し離れた場所から待機している相棒から返事が届いた。
「見えてるよ。そっちから十一時方向。五羽いる。かなり固まってるわ」
僕の名前は浅野空。
今年、市役所に入ったばかりの新人公務員だ。……とはいっても、今日は役所の仕事とは少し違う。今回の僕の役目は、女性猟師・芹沢美羅さんのアシスト。
何を手伝うのかって?もちろん、猟犬の世話と獲物の処理係だ。
「ありがと。それじゃあワンコの準備お願いね」
的確に指示を出す彼女は、メッシュの入った髪を後ろでまとめ、軍人のような雰囲気を漂わせている。
しかし、その表情は意外なほど柔らかい。野池の奥、僕が潜んでいる藪の向こうをじっと見つめていた。
「了解、了解」
偵察を終えた僕は、ゆっくりと来た道を戻り、そして車に積んでいたゲージを開けると、中から勢いよく相棒が飛び出した。
「おっと、落ち着けプルン」
僕に飛びつく勢いで絡んでくるこの犬。実は正式な猟犬ではない。いろいろな犬種が混ざった雑種だ。
見た目を一言で表現するなら――
シェパードの風格を持った柴犬。
そんな感じだろうか。甲斐犬とも少し違う独特な毛色をしている。
「プルン、頼むぞ」
声を掛けると、任せろと言わんばかりに、
「ワフッ」
と小さく返事をした。
……本当にこいつ、たまに人間みたいな反応をするんだよな。
僕は苦笑しながら、美羅さんの元へ戻った。
「うん、いい位置ね」
彼女の視線の先には、グワァグワァと鳴きながら集まっている野鴨たち。警戒心の薄い今が狙い目だ。
美羅さんはゆっくりと銃を構え、安全を確認する。
「二羽はいける」
愛用しているのは、セミオート式のベネリM2は、反動が少なく、女性でも扱いやすい散弾銃だ。
「ソラ、撃つよ」
「了解」
ちなみに彼女の装備は、正直言って少し独特だ。
テンガロハット。
蛍光オレンジのベスト。
迷彩柄のパンツ。
さらにブルートゥースのヘッドセットで僕と通話している。
機能性を追求した結果なのだろうが、見た目だけなら何者なのか分からない。
……まあ、猟師あるあるなのかもしれない。
そんなことを考えている間にも、美羅さんの指が動いた。
カチリ。
安全装置が外れる音。
次の瞬間――
「バーン!」
乾いた銃声が野池に響いた。
バタバタバタ――
驚いた鴨たちが、一斉に水面を蹴って飛び立つ。
しかし――
「バーン!」
続けて放たれた第二射。
そして――
「行け、プルン!」
「ワフゥ!」
プルンが勢いよく走り出した――。
面白いことに、プルンは狩猟中だけは絶対に「ワン」と吠えない。
普段なら僕に飛びつきながら元気よく鳴くくせに、獲物を追う時だけは低く短い声で返事をする。
おそらく、以前一緒に行動していた本物の猟犬の影響なのだろう。
……まあ、猪猟に使えるかと言われると微妙だけど。
あいつ、たぶん猪を見たら一緒に遊び始める気がする。
※※※※※
<十分後>
「ねぇ、ソラは持って帰る?」
美羅さんが回収した鴨を見ながら尋ねてくる。
「えっと……」
僕は少し考える。
「いや、今回はいいかな」
「いいかなって、どっち?」
「……じゃあ、一羽だけ」
「最初からそう言えばいいのに」
呆れたように笑うと、美羅さんは僕へナイフを渡した。
「ほら、手伝いなさい」
「はいはい」
獲物の処理は猟の大事な仕事だ。
プルンが泳いで運んできた鴨を受け取り、血抜きをする。
自然の中で命をいただく以上、最後まで責任を持つ。それが狩猟だ。
……とはいえ。
「俺は今夜、ベッドの上で捌かれるのかな……」
思わず小声で呟いた――。
「ウフフ。今日はソラがたっぷり愛してね」
どうやら独り言は完全に聞かれていたらしい。美羅さんは楽しそうに笑っている。
これはもう決定だ――。
今夜の僕は、獲物ではなく料理される側になる。
「うわ……本当に聞こえてた……」
恥ずかしくて顔を背ける僕を見て、彼女はさらに楽しそうに笑った――。
美羅さんと知り合ったのは、僕が大学生だった頃。野外活動サークルのインストラクターとして来ていた彼女と出会ったのが始まりだった。
彼女の仕事は一つではない。
スキーやスノーボードのインストラクター。
山岳ガイド。
アウトドア関連の講師。
自然と触れ合う仕事なら何でもこなす、根っからの野外派だ。僕より五歳年上なのに、その行動力にはいつも驚かされる――。
「下処理終わったよ」
「お疲れ様」
「じゃあ帰ろ」
「ほーい」
プルンをゲージへ戻し、僕たちは家へ向かう。これが最近の日課だった。
美羅さんは竹を割ったような性格で、思ったことをそのまま口にする。
裏表がなく、豪快――。
でも、困っている人間を見ると放っておけない優しさもある。
鍛えられた身体は余計な脂肪がなく、まるで自然の中で生きるために作られたようだった。
長身で小顔。少しワイルドな顔立ち。
都会に出れば、モデルと言われても不思議ではないと思う。
……本人は絶対に興味を持たないだろうけど。
※※※※※
【数日後……】
仕事帰り、近所のスーパーで特売品を見つけた僕は足を止めた。
「お、今日は手羽先が安いな」
大量に並べられた手羽先。これは魅力的だ。
しかし――
「うーん……」
明日まで美羅さんはいない。一人で作っても、なんとなく寂しい。
「でも唐揚げは食べたいんだよな……」
そんなことを考えていると――。
「そらさーん!」
聞き慣れた声が飛んできた。振り返ると、そこには幼馴染の小川リオンがいた。
実家が経営しているこのスーパーで、レジ打ちから品出しまで何でもこなす働き者だ。
昔から隣の家に住んでいて、僕にとっては妹のような存在……のはずだった。
「そらさん、今日は手羽先買いますよね!」
「……なぜ断定?」
「だって、そらさん手羽先好きじゃないですか」
「いや、好きだけど」
リオンは満面の笑みで近づいてくる――。
「明日作ったら食べさせてくださいね!」
「嫌だ」
即答した――。
「えー!」
「前に作った時、どれだけ食べたと思ってるんだよ」
「一キロくらい?」
「足りないって言っただろ」
「だって美味しかったんだもん!」
そう言って笑うリオン。
本当に僕の料理が好きらしい。
「子供の頃から空さんの料理、大好きです!」
「……お前に好きって言われると複雑なんだよ」
「ひどい!」
リオンは頬を膨らませる。
「私、もう子供じゃないもん!」
「いや、高校生だろ」
「高校生は子供じゃありません!」
そう言い返す彼女は十七歳。
まだ幼さは残っているが、将来かなり化けそうな顔立ちをしている。
今はまだ可愛い系――でも数年後には美羅さんとは違う方向で綺麗になる気がする。
「そういえば、美羅さんは明後日まで帰ってこないんですよね?」
なぜ知っている。
「リオン」
「はい?」
「お前、まさか盗聴してないよな?」
「してませんよ!?」
即答だった。
……まあ、単なる幼馴染の情報網ということにしておこう。
「あっ!」
気付けば買い物カゴには手羽先が入っていた。しかも二キロ。
「……いつ入れた?」
「さあ?」
リオンは笑顔だった。絶対こいつだ。
「はい、牛乳も持ってきました」
「牛乳?」
「必要ですよね?」
そして反対の手にはニンニクとネギ。
「……お前、完全に作らせる気じゃないか」
「ピンポーン!」
この容赦のない幼馴染は、いつもこうだ。まあ、会計時にしっかり割引してくれるから文句も言えないのだけど。
※※※※※
【空の自宅】
「さて……始めますか」
家に戻ると、さっそく仕込み開始だ。明日、リオンが押しかけてくるのは確定。
ちなみに兄貴は最近ゲーム廃人になっているので、たぶん来ない。
要するに引きこもりだ――。
「これは手が大変なことになるな」
明日のことを想像しながら、ボウルに牛乳を入れ、そこへニンニクをすり下ろしていく。
匂い対策でもあるが、これが意外と味にも影響する。
「やっぱり青森産は最高だな」
シンプルな料理ほど、素材の差が出る。
牛乳一リットルに対して、ニンニクは丸ごと一個。
これくらい入れないと、僕好みの味にはならない。外国産なら倍に増やしたくなるくらいだ。
「次はネギ」
ニンニクを混ぜた牛乳へ、刻んだネギを加える。
そこへ手羽先を漬け込む。
やること自体は単純。
だけど、この一晩の仕込みが大切なのだ。
明日、衣をまとわせて揚げた時。香ばしい匂いと、溢れる旨味が口いっぱいに広がる。
それを想像しながら、僕は冷蔵庫へ静かにしまった。
「……明日は忙しくなりそうだな」
狩猟の後は料理。
そしてたぶん、幼馴染との宴会。田舎暮らしというのも、案外悪くない。
コメント
1件
感想、めっちゃ良かったです! 狩猟のリアルな描写に引き込まれました。特にプルンが獲物を追う時だけ「ワン」と吠えない細かい設定、めちゃくちゃツボです。美羅さんとリオンの二人の女性キャラの対比も効いてて、空くんの「料理される側」の覚悟(笑)にも笑いました。手羽先の仕込みシーンで一晩置く工程が生々しくて、明日の唐揚げが楽しみになる締め方も憎いですね。田舎のゆるい空気感が心地良いエピソードでした!