初冬の冷たい風が神戸は三宮駅前の広場を吹き抜けて行った、あちこちの掲示板に貼られている選挙ポスターが一年後の県知事選を目前に控えていると知らせている、巨大都市、三宮の駅前はどこかざわめきに満ち、活気に溢れていた
「増田さん!」
街宣カーの上に立つ浩二の声が、スピーカー越しに駅前広場に響いた
兵庫県知事候補の姫野浩二・・・彼は駅前を歩く増田を見つけてマイクを置くと、軽やかな身のこなしで街宣カーの梯子をスルスル降り、群衆をかき分けて増田に駆け寄ってきた
休日の増田は黒いジャケットにジーンズだった、次の瞬間、浩二は増田の前に立ち、満面の笑みを浮かべていた
「増田さんこんにちは!以前は僕の晩餐会に出席して下さってありがとうございます」
浩二の声は純粋に増田に会えて嬉しいという感じだった、増田は少し照れたように笑って言った
「いやぁ、頑張ってはりますね、姫野さんの演説、駅前の人みんな引き込まれて聞いてましたよ」
「うわぁ!本当ですか?ありがとうございます」
それから二人はしばらく、選挙の話や街の噂話で盛り上がった
「さて、増田さん、僕もうそろそろ行きますね」
「おう!頑張ってくださいね」
浩二が話を切り上げ、増田の手を両手でがっしりと握った
ハハッ「恒例なんで、こうやって握手してお別れします」
増田も元気な浩二につられて笑った、その時彼の視線がふと、浩二の左腕に装着されたスマートウォッチに落ちた
黒いチタンに細かなダイヤが画面枠に散りばめられた、高級感あふれるデザインだった
―タグ・ホイヤーのスマートウォッチ―
そのスマートウォッチは鈴子とお揃いのモデルだった、増田の胸にチクりと小さな波が立った、浩二は笑顔で群衆の中へ戻っていった、増田は握られた手の感触を残したまま、立ち尽くして言った
「・・・・まさかな・・・・」
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