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「いい? 中原くん。ここのシーンはね、肺を大きくしなくちゃいけないんだ、君の見せ場だからね。」
「はい」
「うん。……そうしたら、次は……」
コンコン。と鉄の音が響く。芥川が寝転がった体制のまま、へい、と答える。ガチャリと扉が開いた。
「あら、みなさんお揃いで」
「鏡花くん」
敦は入ってきた髪の長い女性を鏡花と呼ぶ。泉鏡花。それが彼女の名前だった。
「あっちゃん、おはよう。いつも早いねえ」
「うん。やっぱり、動いてなくちゃ、気味が悪いんだ。……わかってくれるでしょう?」
「ああそれはもう存分に。」
鏡花は慎ましやかに、口を手で覆い笑う。
彼女は敦の初めての恋人だった。
「あら、芥川くんも中原くんも太宰くんも……みんなおはよう。」
「おう、ズミ」
「相変わらず愛称の付け方が変な子ねえ」
スマホをポケットにしまい、芥川は鏡花の肩を叩く。
「今日はよう、第一話を撮るってよ。」
その言葉に敦は驚く。
「うんと昔に撮り終わってるじゃないか。」
「うぅん、なんかなあ、いまいちだったみたいでよぉ。気に食わんって、さっきライン来た」
「あらあらぁ。相変わらず、監督は自分本位ね」
「まったくだよ」
はははは、と気のあった大親友かのように三人は笑う。後輩二人はその様子をじっと黙って見つめていた。
「じゃあ、僕はまた太宰くんを助けに行くんだねえ」
「いくらでも助けてくださいよ。敦さんにだったら、なんだって差し上げられます。命だって惜しくない」
敦の肩を抱く太宰を見て、一呼吸置く。
「……情熱的だねえ」
愛おしそうに太宰は、彼の華奢な肩を抱く。敦はただそっと彼の肩に手を乗せる。
彼は敦に恋情を抱いている。それは敦も承知している。
「じゃあ、僕、セリフを読み直してこようかな。てっきり次の話に行くもんだと思ってたから、頭に詰め込まないと」
太宰の手を払い、敦は台本を手に取る。くっしゃくしゃになった紙の台本が、ただ温かい。
「なら、私もお相手するわ、あっちゃん。」
「……いいの? 鏡花くん」
「もちろん。私、あなたのお芝居好きよ」
「……光栄だなあ、『35人殺し』の女王様」
「あら、少し不名誉ね。そんなふうにあなたから呼ばれてしまうだなんて。」
そうやって、ただ平和にあなたの物語が終焉を迎えてくれたら良い。そうすれば、あなたのまた新しい物語が花開くのだろうから。
だから今だけは、この甘酸っぱくもらい心を、誰かのもとへ預けておきます。いつかあなたのもとへ行けるように。
「敦は、本当に善い子だな。」
「……善い子じゃなかったら、先生は僕を嫌う?」
「嫌わないさ。君は君のままでさえあれば善いのだから。……ただ、その心はきっと誰かを救う。その思いは、誰かの心を掬い上げられる。」
「じゃあ、僕が先生の心を掬ってあげるよ。僕は僕だから」
「……そうか。なら、敦。私の物語を終わらせてくれないか?」
「いいよ。先生の大切なお話を完結させてあげる!」
「……ありがとう」