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【第十四話:ポーカーフェイスの崩壊】
「そこまでだ、キッド!!」
煙幕を突き破り、松田陣平の強靭な手がキッドの胸元へと伸びる。同時に、背後からは降谷零が逃走用の窓を完璧に封鎖していた。
完全に退路を断たれた、絶体絶命の包囲網。
快斗の右手が、ポケットの中でトランプ銃を握りしめる。
引けばいい。目の前の男に向けて、引き金を一回引くだけで、この状況を打破する煙幕や閃光を至近距離で炸裂させられる。
だが、そんなことをすれば、松田が視界を奪われて高層階から転落するかもしれない。自分を救ってくれた大切な命を、危険に晒すことになる。
「くそっ……!!」
出ない引き金。震える指先。
その一瞬の躊躇を見逃さず、松田の手がキッドの白い上着をガッチリと掴み取った。
「捕まえたぜ、ボウズ。……もう一人で背負い込むんじゃねぇって言っただろ!」
松田の声には、怒りではなく、痛いほどの必死さが滲んでいた。
その真っ直ぐな言葉が、快斗の胸の奥に限界まで溜まっていた感情の堤防を、一瞬にして決壊させた。
キッドは、世界の誰の前でも崩さなかったはずの完璧な『ポーカーフェイス』を、ついに自らの手で剥ぎ取った。
「離せよ……離してくれよ、松田刑事ぃっ!!」
仮面の下から響いたのは、いつものキザな怪盗の声ではない。
ただの17歳の、泣き出しそうな、必死な少年の叫びだった。
「俺は、あんたのことが撃てるわけも、傷つけられるわけもないんだよ……!! だから、お願いだから追ってこないでくれ……っ!」
「お前――」
その悲痛な叫びに、松田の手が一瞬だけ、ほんのわずかに強張った。
あの日、爆弾の前で自分を見上げていたボウズの影が。観覧車から自分を引きずり下ろした中学生の影が、目の前の白い怪盗と完全に重なり、松田の胸を激しく締め付ける。
快斗はその一瞬の隙を逃さなかった。
掴まれていた白いマントの留め具を自ら引きちぎり、残されたもう片方の手で、足元ではなく『天井の照明の残骸』に向けてトランプ銃を乱射した。
バシィン!! と火花が散り、強烈な破片が二人の間に降り注ぐ。
松田が咄嗟に顔を庇った瞬間、快斗はちぎれたマントをその場に遺し、ガラス窓の隙間から夜空へと文字通り身を投げ出した。
「待て、キッド!!」
降谷が即座に窓辺へ駆け寄り、夜の虚空を見下ろす。
しかし、暗闇の中に開かれた白いハンググライダーは、いつもの華麗な飛行ではなく、激しく揺れながら、まるで傷ついた鳥のように必死に夜の帳へと消えていくところだった。
「……追うぞ、松田。まだ遠くへは行っていないはずだ」
降谷が冷徹にインカムへ指示を飛ばそうとした、その時。
「――待てよ、ゼロ」
松田は、手の中に残された、引きちぎられた白いマントの切れ端をじっと見つめていた。
その手は、かすかに震えている。
『あんたのことが撃てるわけも、傷つけられるわけもないんだよ』
耳の奥で、あいつの叫びが何度もリフレインしていた。
あいつは、自分を傷つけないために、警察官である自分を守るために、自らの退路を断ち、ボロボロになりながら逃げていったのだ。
「……今夜は、もう勘弁してやれ」
松田はサングラスをかけ直し、低く、けれど拒絶を許さない声で言った。
「あいつの覚悟も、あいつの涙も……全部この目で見た。これ以上、公安のやり方でアイツを追い詰めるってんなら、俺が相手になってやるぜ、ゼロ」
手の中の白い布を強く握り締め、松田はあいつが消えた夜空を睨みつけた。
怪盗キッドの仮面の裏にある、あまりにも純粋で不器用な優しさを知ってしまった今、松田陣平の心は、何があってもあの少年を守り抜くという、絶対的な誓いで満たされていた。
コメント
2件
快斗さんやっと素を出してくれたね…… 松田さん優しいね
ああ、読んだ読んだ。第14話、めちゃくちゃ良かった……。 快斗が「撃てない」って叫んだシーン、もう胸がギュッてなったよ。あのポーカーフェイスが崩れて、ただの17歳の少年の叫びになる瞬間、構成としても完璧だった。トランプ銃の引き金を引けない“躊躇”が、彼の優しさを全部物語ってる。 で、松田が「勘弁してやれ」って言うところ。あの白い布握りしめる描写、たまらなかったな。今回の勝負は、技巧じゃなくて“心”で決まったんだな、って思ったよ。 続き、めっちゃ気になる。