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警視庁捜査一課の一室。
主任のデスクで、大我がスマホを手に何やら面倒くさげな顔で話している。その視線は、窓の外の景色に注がれている。
「……わかってます。出世がかかっている大事な時期なんですよね。だから出しゃばった真似はしないと。ええ、心得てますから。……こちらも今の仕事で色々と忙しいんです。それでは」
半ば一方的に電話を切ったのを見て、
「相手はどなたなんですか?」
慎太郎は高地に尋ねた。
「たぶんお父様」
お父様って、とつぶやく。
「そう。警視庁のトップ、京本警視総監。一応仕事場では電話とか敬語だけど、いっつもああいう投げやりな感じ」
すごいですね、と相槌を打ってからまた調書に向き合う。膨大な量の書類にもだんだん慣れてきた。
高地は大我の部下にあたるが、年齢は上だ。だから内輪のときは敬語を使っていない。
すると突然、着信音が鳴る。今しがた電話をしていた大我がまた話し出した。
「はい京本です。……え、殺人ですか。……わかりました今向かいます」
そして5人を振り返る。
「港区のマンションで刺殺体が発見された。行くよ」
みんなは腰を上げてスーツの上着を羽織る。慎太郎も意気揚々と立ち上がり、机の上の手帳と筆記具をトレンチコートのポケットに突っ込んだ。
「洒落た上着だな」
皮肉なのか何なのか、北斗が言う。
「ありがとうございます。これ、新しく買ったんです。やっぱ形から刑事になろうかと思って——」
「形より中身だ。早く経験を積んで——」
そう遮ったが、
「北斗、早く行くぞ」
と大我に止められた。
まあそういうことだ、と北斗は先に駆け出した。
パトカーに3人ずつ分かれて乗り込み、それぞれ樹と高地の運転で向かう。
大我の乗るほうから、もう一方へ無線を通じて情報が飛ぶ。
『現場は港区——マンション20階の205号室』
大我の報告に、北斗が『了解』と答えた。その横で樹が「豪勢だな」とつぶやいた。
やがて目的の建物に着き、エレベーターに乗って最上階に行くと、すでに規制線が張られていて複数の捜査員がいる。
所轄の警察官が、大我たちに敬礼をする。
自分じゃないとわかっている慎太郎は首をすくめた。
「現場初だよね?」
ジェシーに話しかけられ、うなずく。
「はい。…だからすっげえ緊張します」
「大丈夫、オーライ」と笑いかけた。
規制線をくぐって殺害現場の部屋に入ると、鑑識が作業をしている中、広いリビングに高齢男性が仰向けで倒れていた。そのシャツの胸は赤黒く染まっている。
「森本、手袋して」
慎太郎が呆然とそれを見ていると北斗に言われ、慌てて両手に手袋をはめた。
まず、男性に向けて静かに手を合わせる。しばらくそうしたあと、身体を調べはじめた。
「けっこう出血が多いから、深く刺さってそうですね。男かもしくは力のある女でしょう」と樹。どうやら外に出ると敬語になるようだ。
5人が遺体を検分している中、ジェシーだけが部屋を見回していた。
そこは、豪華絢爛な装飾品の並ぶリビングだった。高級そうなシャンデリアが頭上で煌めき、大きなテレビが捜査陣を睨んでいる。絨毯や一枚板のテーブルは外国のものだろうか。
しかし、その片隅にはやや不釣り合いな仏壇が置いてある。小さい額縁の中では、グレーヘアの女性が微笑んでいた。
「まあ貿易系の会社の社長だろうな」
そうジェシーがつぶやく。
「まあこんなシャンデリア、うちにもあるけどね」
続いて小さな声で大我が独り言をいった。
そしてふらりとジェシーがリビングを出て行く。やがて戻ってくると、
「洗面所には男物のアメニティしかありませんでした。女が住んでる可能性は低いかと」
わかった、とみんなは返した。どうやら彼の観察眼には信頼をおいているようだ。
まるで刑事ドラマの中に飛び込んだようで、案外おもしろいな、と慎太郎はひとり口角を上げた。
続く